雪の果ての花便り
美空さん――もとい彪くんを好きになってから、私は〈ZInnIA〉に通い詰めた。
見習いシェフである彼が客の前に姿を現す可能性は限りなく低いとわかっていても、「会えるかもしれない」と淡い期待を捨てきれなかった。
コーヒーのクリームブリュレは雪が溶け、春になり、梅雨入りしたあと、いつでも食べられるようになった。
柚は何度もギャルソンに彼を連れてくるように頼もうとしたり、私の連絡先を書いた紙を渡そうとしたり、彼を待ち伏せしようとしたりと、強引にでも私の恋を進めようとしてくれた。
けれど私は、柚が提案するアピールをひとつもできなかった。
彼に近づきたいと思うのと同じくらい、怖いという感情があったからだ。
同棲していた彼氏と別れてから恋をしていなかったから、また抱くことができた感情を大事にしたいと思う以上に、持て余していたのだと思う。
素敵な店内でおいしいものを食べられて、自分のことのように応援してくれる柚がいて、会えたらいいなと、どきどきする自分がいて。
片思いをしているだけでも幸せだった。
気付けばそんな日々を1年続けようとしていたのだから、いい加減に行動を起こしてくれと嘆いた柚の心境は察したつもり。私は初めて首を縦に振った。
柚と〈ZInnIA〉でディナーを食べ、仕事を終え店から出て来る彼を待ち伏せし、私のことを覚えていますか、と声をかける予定を立てた。
その矢先のことだ。
土曜日の昼下がり。私の気持ちを知る由もない顔馴染みのスタッフと、会計中にした何気ない会話。