雪の果ての花便り
正月休みに行った念願の海外旅行が楽しかったと話してくれたスタッフは、
「美空くんっていう18歳の見習いシェフがいるんですけど、高校を卒業したらフランスに行くんですよ。『旅行の際はうちに泊まってもいいですよ』なんて……自分も言ってみたいです」
と、同僚の身の上に羨望した。
そうなんですか。私は静かに声を震わせた。
なにも考えられなくなった私の耳に、強い雨の音が響いた。
当たり、と。天気予報を見て念のため折り畳み傘を持ってきただけなのに、かすかに喜び誇らしくなった自分がおかしくなった。
柚と立てた予定は白紙にしなければ。
社員で、年上か同い年くらいだと思っていた彼が、高校生だった。しかも卒業したらフランスに引っ越すらしい。
驚きはしたが、想うだけの片思いをしていた私には、悲しいという感情がさほど浮かばず、ひとりぼんやりと〈ZInnIA〉の前で立ちつくした。
想いを馳せていた人が、すぐそばにいたことに気付くまで。
眼鏡をかける彼を初めて見たと思いながら、やっぱりすごく好きだと感じる中で、私は密かに戸惑っていた。
柚と立てた予定を白紙にするならば、この想いの行き先をもう一度考えなければならない。
考える前に欲張ってしまった私に与えられた現実は予想外の連続だったけれど、後悔したくないと、そればかり思う私には都合のいいものだったと解釈するしかなかった。
焦がれていた偶然は不毛な幸運。
〈ZInnIA〉の美空さんは私のことを、覚えていなかった。