雪の果ての花便り
「おかえりー。お風呂沸かしておいたよ」
「ただいま。ありがとうございます」
柚の家から帰ってくると、ベッドに寝転んでいた彪くんが起き上がる。
夕飯はいらないと会ったときに告げたからか、時間を持て余していたらしい。ベッドに数冊の雑誌があった。
「彪くん。先にお風呂入っていてもいいんですよ?」
「今日は有意義なプランを考えるのに夢中で」
「プランってなんですか」
「今日は、俺がおねーさんの髪を乾かしてあげる」
脱いだコートをハンガーに掛け、首をひねったまま振り返る。
「そんなことを考えていたんですか?」
「他にもいろいろ考えたけど、おねーさんがギリギリ受け入れてくれるのは、それくらいかなあって。今日は夕飯を作れなかったし」
「なんですかそれ……明日の朝食がスープだったら充分です」
それ以上何かしようと思わなくたって、追い出したりしない。
彪くんは、ぱちくりと瞬きをした目の端を柔く細める。
「俺が、おねーさんにやってみたいことを考えていただけ。媚びてるわけじゃないよ」
「……、そうですか」
私はなるべく自然さを装い、着替えを持ってリビングを出た。
いっそ明け透けな媚びを売ってくれたらいいのに。なんだってするから、ここに置いて、と。
機嫌を取られる私は、自分が宿主であると再確認し放題なのに。どこかマイペースな彪くんは、居候らしからぬ言動ばかりする。
そのたびに揺れ動く感情の在りどころを、決意でがちがちに固めて動けないようにしなければいけない。
好きな人と暮らすのはこんな感じだったかな、なんて。
過去の傷さえ癒されてしまう私は、たまらなく彪くんのことが好きなのだ。それも一方的に、初めて美空さんと心の中で呼んだとき以上に。