雪の果ての花便り
***
□
2月に入ると雪が目につかない日はなかった。
午後からの勤務だった私はいつもより遅く起きた。出掛けているだろうと思っていた彪くんは、私が眠るベッドに背を預けていた。
「おはようございます」
と声をかければ彪くんは体全部を振り向かせ、
「おはよう」
と、わざわざ私と同じ目線で囁いた。
頬が熱くなるのを感じ、とっさに布団へ潜った私は二度寝するふりをした。
「コーンポタージュ作ったよ」という言葉に飛び起きると、彪くんはめずらしく声を出して笑った。
出勤準備を終えた私は彪くんと一緒に家を出た。分かれ道でお互い、「いってらっしゃい」と微笑みあった。だけれど私の意識はどこか遠く、数分前のこともよく思い出せなかった。
□
「なにか欲しいものある?」
「ないです……」
まさか私が看病されることになるなんて。
どうやら昨日の朝から熱があったらしい。だんだんと具合が悪くなり、会社を早退させてもらい病院に行けば風邪と診断された。昨晩はなにも口にしたくなくて、早々と眠った。
「ごめん。俺が窓全開で雪うさぎなんか作ったからだよね」
それだけが原因のはずがないのだけれど、改めてもらえるならもう二度とやらないでほしい。
本当に申しわけなさそうにする彪くんにそんなことは言えず、「大丈夫です」と答えた。
「ちゃんと水分とって、汗かいたら着替えて、すぐ布団入ってね」
「はい」
「起きたら少しでもご飯食べて、薬飲むんだよ」
「わかってます」
「寒くない?」
「……彪くん。大丈夫ですから、もう行っていいですよ」
布団に入っている私は、ベッド脇から離れない彪くんに微笑む。すると彪くんは私の目元を指先で撫でる。少し荒れているその指先に、胸の奥がせまくなった。
「……まつ毛でも付いてましたか」
「ううん。風邪引いてるときの顔って色っぽいなあ、と」
じゃあ今なら顔を赤くしても気付かれないかも、なんて。
「彪くんも、そうでしたよ」
寝息は苦しそうだったけれど、潤んだ瞳や紅潮した頬はとても色っぽかった。
ああ、だから私はあの日、欲張ってしまったのかな……。
瞼が重たくなってきた。彪くんがくすりと笑った気がする。
「ちゃんと寝てるんだよ。夕方には帰ってくる」
うつろな目で彪くんを見ると「おやすみ」と布団をかけ直してくれた。