雪の果ての花便り
彪くんの髪はものの数分で乾いた。ゆるくパーマが掛けられた髪は整髪剤を使わなくても空気をまとったように柔らかく、ドライヤーの熱だけで毛先に動きがでる。
「できましたよ」
「ありがと。気持ちよかった」
振り返った彪くんの笑みを流し、私はバルコニーを指差した。閉まったカーテンの下には畳み重ねた男物の洋服がある。
「なんでもいいから早く着てください」
「脱衣所に着替え持っていくの忘れたんだよ」
「1月ですよ。寒くないんですか」
「暖房きいてるからね」
それでも断熱材なんてものが敷き詰められていないアパートでは、寒さを感じないほうが難しい。
「おねーさんは、寒がりすぎ」
長袖のカットソーに鍵編みのロングカーデを羽織った彪くんを見ても、まだ薄着だと思う私は確かに寒がりだけれど。
「もう看病はご免ですからね」
「次はいくらで看てくれる?」
眉を寄せればくすくすと楽しげに笑われた。この5日間、決めたルールがことごとく破られている証拠だった。
「もう寝よっか。おねーさん、明日も仕事でしょ」
「……まだ23時ですよ」
「なにかしたいことでもあるの?」
「ありませんけど……」
「美容のためには22時から2時のあいだに睡眠をとるのがいちばんいいんだって」
「男の子がそんなこと気にするんですか」
「え? 俺は一度も気にしたことないよ」
「……」
「朝はなにが食べたい?」
彪くんは暖房機の電源を切ってからベッドに腰掛ける私に歩み寄り、羽織っているケープの首元を整えてくる。
これじゃあどちらが宿主かわかったものじゃない。
「スープがいいです」
「また? ほんと好きだね」
だって寒い冬にはもってこいでしょう。
寝起きの気だるい体にも、思うように働かない頭にも、あの温かさは幸せそのもの。
「じゃあ明日は野菜スープにしようか」
「しいたけは入れないでください」
「すり潰してでも食べさせるから」
「……」
「おやすみ、おねーさん」
ケープの胸元で蝶々結びにされていた、ぽんぽん付きの紐。その片方をすくい取った彪くんは微笑みながら、ぽんぽんで私の鼻先をくすぐってきた。
意味がわからないけれど特に反応することもなく、ロフトへ向かった彪くんの背中を見つめる。
骨ばった手の指先がロフトに続く階段へかけられたのを見て、浅く息を吸い込んだ。
「おやすみなさい」