雪の果ての花便り
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彼を見つけたのは土曜日の昼下がりだった。
半休だった私は仕事帰りに〈ZInnIA〉へ寄り、昼間はクラシックが流れる店内のカウンター席で、お気に入りであるコーヒーのクリームブリュレを食べた。
いつも通りの日常を打ち崩すような、突如耳に届いた激しい雨音。
――当たり。
会計中だった私は背後のドア越しに、豪雨の中を駆ける人々を見つめた。
あちら側はゆったりとした時間が流れる店内とちがい慌ただしく、まるで別世界のように思えた。
「すごいですね。通り雨ですかね?」
正面に向き直ればスタッフはすでにレシートと釣銭をキャッシュトレイに置き、外を眺めていた。
「午後から雨が降るかもって、予報が出ていましたよ」
「えっ。自分が見た予報では明日からでした」
ショックを受ける様子にくすりと笑い、
「ごちそうさまでした」
と、釣りとレシートを財布にしまった。スタッフはいつも礼と再来店を待つ言葉を口にして会釈する。
バッグの中から折り畳み傘を取り出し、避難してきた人たちと入れ違いで店を出た。
走行車のワイパーが忙しなく動いているのをぼんやりと眺めているときだった。感じた気配に右を見れば、レンズの奥に潜む双眸が私の姿を捉えていた。
「…………」
濡れている。どこからどう見ても〈ZInnIA〉の前で雨宿りをしている。
逸らされない瞳に戸惑い、無意識にワンタッチ式の折り畳み傘を開いてしまった。すると彼は一度傘を見遣ってから、再び私に視線を戻した。
ピリッ、と。鎖骨のあたりに電気が走ったような気がした。
「は、入りますか……?」
そう聞いてみるしかなかった。
「……いいんですか?」
だってそんな、すがるように見つめられたら無視できない。