雪の果ての花便り


「ここです」


駅から離れた住宅街に、紛れるように佇む2階建の洋風モダンなアパート。2階のいちばん左端に住んでいるのが私になる。


「きれいですね」

「築3年ですから。ちょっと待っていてください。傘持ってきます」


屋根付きの外階段を1段だけのぼった私は、彼から閉じた傘を受け取るなり階段を駆け上がった。


背中越しに彼がくしゃみをしたのが分かる。


温かいコーヒーでもいれてあげたいけれど、親しい人でさえ家にあげなくなった私にとって、それは余りにも難関だった。


透明のビニール傘とタオルだけ持ち、再び外に出た私は彼のもとへ戻った。


足音に振り返った彼の表情は、物悲しいのか心細いのか、失恋して雨に打たれる少女のようなそれに見えた。


「……よかったらタオル、使ってください」

「ありがとうございます」


タオルで顔の右半分を覆った彼から空へ視線を移せば、分厚い雲が隙間なく拡がり、激しい雨を落とし続けていた。


夜には雪にならないかな。


朝に見た週間天気予報を思い出しながら彼へ目を向けた。


眼前に迫ったのが頭頂部だったと理解した時には、彼は体重のほとんどを私に預けていた。


「え、あの、重……」

「……るい」

「え?」


私の肩に顔をうずめた彼はなにか言ったけれど、聞き取れなかった。


首筋にあたる彼の髪も、反射的に掴んだ彼の左腕も、濡れていて冷たかった。微かに震えているような気さえした。


まさか具合が悪いのだろうか。


予想は的中していた。


――頭が割れそう。彼は苦痛を滲ませた声で確かに、そう言った。
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