奴隷戦士
「お父さん。この子、剣したいんだって」
道場にいる腕を組んで試合をしていた人を睨みつけるように見ていた男の人に、彼女は言った。
「剣を?剣道じゃなくてか?」
訝しい顔で俺を見た。
「強くなれるように、ぼくは剣がしたい」
思い切って言うと彼はニヤリと口角を上げ、パンパンと手を叩いた。
さっきまでガヤガヤとしていたのに、静かになる。
「今から新しいのが入ったぞ」
しん…とした道場に彼の声が響いた。
10人くらいの視線がぼくに集まり、胸が高鳴る。
手をぎゅっと握ると、ぶわっと汗が吹き出した。
「こりゃまた、ちっちぇなー…」
「ガキじゃん」
「名は?」
「じゅ…紐紫朗」
「おい、こんくらいちいせえ服あったか?」
「んー、探してみるけど…」
わらわらと集まってきて、ぼくを品定めする。
不思議と悪い気はしなかった。
「なかったら作ればいいだけの話よ」
ぼくをここまで連れてきた彼女が言う。
「だな、採寸は手伝ってやるから自分で作れよ」
「えっ?」
自分で作る…?
キョトンとしていると、一番年上であろう男が「は?」という顔をした。
「分かんねえんなら教えてやる。ここでは自分でなんもかんもするっていう決まりがあんだよ。甘ったれんじゃねえ」
…こうして、ぼくは裁縫とやらを教えてもらい、剣を習う上で必要なものを貸してもらったり、自分で作ったりしてその日のうちに揃え、その日のうちに剣をする基礎を教えてもらうこととなった。
「いいか、紐紫朗。よく聞け」
師匠が腕を組んだまま、ぼくを呼んだ。
「お前は剣がしたいと言ったな。二つ、これだけは絶対に忘れるな」
一つ、自分の武器は最後まで、何があっても手から離してはならないこと。
二つ、刃物を相手に向けるということは、相手に殺意を向けるということ。
「今は分からなくていい。だが、絶対に忘れるな」
彼はそう言い、別の人のところへ行ってしまった。
「紐紫朗」
年長者に呼ばれて、これから剣をする基礎をすることになった。
剣をする基礎とは体力をつけることだった。
そんなことを教えてもらった頃には、もう日が沈み、夜になっていた。
日が沈んだな、と言われるまで全く気が付かなかった。
帰らなくては、鷹介が心配する。
「じゃ、続きは明日な。汗は川で流して、ついでに服も洗っておけよ」
年長者から言われた通り、近くの川で汗を流し、言われた通り服を洗う。
彼の体はしっかりと筋肉がついていて、自分の体とは大違いだった。
「え、ほっそ!!?おま、なによ?その怪我の多さ!?」
ぼくが下着一枚になってさっきまで着ていた服を洗っていると、体中にあるアザを1人に見つかり、その声をもとにわらわらとなんだなんだと俺の周りに数人集まった。
日も沈んで暗いのによく見えたなぁと思いつつ、とりあえず服を洗いたいから後にしてくれと頼む。
「これ、転んだとかの怪我じゃねえな…?」
ぼくが洗い終わり、明るい場所へ移動され、1人が口を開いた。
「……だな。さっき付けた傷でもねえんだろ?」
別の人の問にぼくは黙っていた。
「おい、これやったの誰だ。仕返ししに行くぞ」
1人が怒った声音で言う。
「いや、それはいけねえ。俺らが押しかけてボコボコにしても、俺らの仕返しに仕返しされるのは紐紫朗だ」
年長者の言葉になるほど、と思った。
「だから、お前がもっと強くなって、ケジメつけねえと意味がないし、ずっと続くぞ」
なんて返せばいいか、分からない。
まだ、1日しか経っていない…むしろ、1日も経っていないのにぼくの心配をしてくれるなんて。
「分かった。…ありがとう」
今日、ぼくの世界に、助けてくれる人は鷹介だけではないと知った。