奴隷戦士
*
「あら、どうしたの、こんなところに来て」
気づくと、花がぼくを見下ろしていた。
冬のような気温が低い空気が鼻腔を満たし、息を止めても痛くも苦しくもないから、これは現実か夢が分からない。
たっぷりと間をとって彼女が首を傾げた。
「あれ?声聞こえている?紐紫朗?」
彼女はぼくの目を見ながら、自らの手を左から右へ、右から左へと大きく、ゆっくりと、視界の端から端へと、ぼくに視力があるかどうか確認するように腕を動かした。
何を、しているんだろ。
そんなことをせずとも、きちんと君のことはしっかりと見えているというのに。
「あれ?見えているはずなんだけどな?おかしいな?」
首をかしげて真剣に悩むその姿は、あの時と何も変わっていない。
道場で、かの年長者に対して、どう立ち回ろうかと考えているときの、その一緒に悩んでいるときの顔。
いつかの、夏祭りに行くための着物をどれにしようかと悩んでいる顔。
「はな」
彼女がぼくの小さな音を拾って、顔が綻ぶ。
「花」
ぼくの視界がにじんでいく、その視界に、目いっぱいに涙を浮かべて今にも泣きそうな花ちゃんが目の前にいた。
「うわぁぁぁぁぁああんん!」
彼女は思いきりぼくに抱き着き、たくさん涙をながした。
たくさんの年月を離れていたわけでもないはずなのに、とても長い間離れていたようで、ぼくに飛び込んできた彼女をもう離さない。
絶対に離したくない。
もう離れ離れになりたくない。
「花」
「うん」
一体、何度彼女の名を呼んだだろうか、それでも彼女はぼくが名を呼ぶたびに返事をする。
好き、という言葉を言いたいのに喉につっかかって言えない。
言葉が音として空気を震わせない。
二人でしこたま泣いた後、彼女はどうしてここにいるのかぼくに聞いた。
「…なんで、だろ……」
これまでにあったことを彼女に話すべきだろうか、分からなかった。
それよりも、ぼくはここにずっといたい。
「…ぼくは、花と一緒にいたい」
今までは言葉にするのにも、思うにも、とても恥ずかしかったのに、全然そんなことなかった。
伝えたくてたまらなかった。
「ずっと、一緒にいたい」
花ちゃんの目から、また涙がこぼれた。
「紫朗」
ぼくの目からも涙が出た。
「花のそばに。一緒に、いたい」
彼女は困ったように眉を下げ、困ったように笑った。
「だめよ…」
花がぼくの手を握る。
少し震えていた。
「だめ。あなたは生きて。あなたは、私と知らない人と結婚して子どもと孫に囲まれて、弟子にも囲まれて、幸せになって死ぬの」
衝撃の言葉だった。
初めて彼女から発せられた、明確な拒絶。
「どうして…」
ぼくはこの先何をすればいいのかすら、分からなくなった。
どうして、そんなことを言うの。
ぼくじゃ、何がだめなの。
何の役不足なの。
「ぼくは花と一緒にいたいだけなのに」
「ダメよ」
花が声を震わせた。
一体、何がダメなの。
「だって、私は死んでるから」
「でも、ぼくだって!」
きっとあの薬を飲んだから、死ぬんだ。
「紫朗は生きているの!どうしてこんなところにいるのか知らないけど、あなたは生きているの、私とは違うの」
「ならずっとここにいる」
「この…馬鹿者!なんでそうなるの?きちんと寿命まで生きなさい!お父さんから教わった剣、いつ使うの!?」
「使わない!」
「なんでよ!」
「花と一緒にいたいって、さっきから何度も言ってるでしょ」
「でも、一緒にいられないの!私は生きていない」
「じゃあぼくも死ぬ!」
「馬鹿者!生きろって言ってんでしょ!」
「なんで、そんなこと言うの?花はぼくと一緒にいたくないの…?一緒にいたいと思っているのはぼくだけなの…?」
「私はずっと紫朗のそばにいる。でも、紫朗はまだここに来ちゃいけないの、分かって」
彼女の姿が透けていく。
「分かんないよ…」
「紫朗は私の分まで生きて」
「あら、どうしたの、こんなところに来て」
気づくと、花がぼくを見下ろしていた。
冬のような気温が低い空気が鼻腔を満たし、息を止めても痛くも苦しくもないから、これは現実か夢が分からない。
たっぷりと間をとって彼女が首を傾げた。
「あれ?声聞こえている?紐紫朗?」
彼女はぼくの目を見ながら、自らの手を左から右へ、右から左へと大きく、ゆっくりと、視界の端から端へと、ぼくに視力があるかどうか確認するように腕を動かした。
何を、しているんだろ。
そんなことをせずとも、きちんと君のことはしっかりと見えているというのに。
「あれ?見えているはずなんだけどな?おかしいな?」
首をかしげて真剣に悩むその姿は、あの時と何も変わっていない。
道場で、かの年長者に対して、どう立ち回ろうかと考えているときの、その一緒に悩んでいるときの顔。
いつかの、夏祭りに行くための着物をどれにしようかと悩んでいる顔。
「はな」
彼女がぼくの小さな音を拾って、顔が綻ぶ。
「花」
ぼくの視界がにじんでいく、その視界に、目いっぱいに涙を浮かべて今にも泣きそうな花ちゃんが目の前にいた。
「うわぁぁぁぁぁああんん!」
彼女は思いきりぼくに抱き着き、たくさん涙をながした。
たくさんの年月を離れていたわけでもないはずなのに、とても長い間離れていたようで、ぼくに飛び込んできた彼女をもう離さない。
絶対に離したくない。
もう離れ離れになりたくない。
「花」
「うん」
一体、何度彼女の名を呼んだだろうか、それでも彼女はぼくが名を呼ぶたびに返事をする。
好き、という言葉を言いたいのに喉につっかかって言えない。
言葉が音として空気を震わせない。
二人でしこたま泣いた後、彼女はどうしてここにいるのかぼくに聞いた。
「…なんで、だろ……」
これまでにあったことを彼女に話すべきだろうか、分からなかった。
それよりも、ぼくはここにずっといたい。
「…ぼくは、花と一緒にいたい」
今までは言葉にするのにも、思うにも、とても恥ずかしかったのに、全然そんなことなかった。
伝えたくてたまらなかった。
「ずっと、一緒にいたい」
花ちゃんの目から、また涙がこぼれた。
「紫朗」
ぼくの目からも涙が出た。
「花のそばに。一緒に、いたい」
彼女は困ったように眉を下げ、困ったように笑った。
「だめよ…」
花がぼくの手を握る。
少し震えていた。
「だめ。あなたは生きて。あなたは、私と知らない人と結婚して子どもと孫に囲まれて、弟子にも囲まれて、幸せになって死ぬの」
衝撃の言葉だった。
初めて彼女から発せられた、明確な拒絶。
「どうして…」
ぼくはこの先何をすればいいのかすら、分からなくなった。
どうして、そんなことを言うの。
ぼくじゃ、何がだめなの。
何の役不足なの。
「ぼくは花と一緒にいたいだけなのに」
「ダメよ」
花が声を震わせた。
一体、何がダメなの。
「だって、私は死んでるから」
「でも、ぼくだって!」
きっとあの薬を飲んだから、死ぬんだ。
「紫朗は生きているの!どうしてこんなところにいるのか知らないけど、あなたは生きているの、私とは違うの」
「ならずっとここにいる」
「この…馬鹿者!なんでそうなるの?きちんと寿命まで生きなさい!お父さんから教わった剣、いつ使うの!?」
「使わない!」
「なんでよ!」
「花と一緒にいたいって、さっきから何度も言ってるでしょ」
「でも、一緒にいられないの!私は生きていない」
「じゃあぼくも死ぬ!」
「馬鹿者!生きろって言ってんでしょ!」
「なんで、そんなこと言うの?花はぼくと一緒にいたくないの…?一緒にいたいと思っているのはぼくだけなの…?」
「私はずっと紫朗のそばにいる。でも、紫朗はまだここに来ちゃいけないの、分かって」
彼女の姿が透けていく。
「分かんないよ…」
「紫朗は私の分まで生きて」