奴隷戦士
「…っっ!」


殴られて吹っ飛んだぼくは壁に激突し、声にならない悲鳴を上げた。


背中がジンジンする。


頬を殴られただけなのに、こんなに吹っ飛ぶなんて、驚いた。


じんわりと涙が出てきた。


こんな痛みなんてどうでもよくて、蓮が傷付いていなくてないことを確認して、ぼくは彼女を見る。


どうしてこの子はぼくを殴ったんだろう。


不意に、彼女が足に力を入れるのが分かり、身構える。


「おっと、まだだ」


いつの間にか、そこにいたザクロに止められた女の子は、すでにぼくの目の前にまで来ていて、また、殴ろうとしていた。


彼女の拳がぼくの鼻先につくか、つかないか、ほどの距離だった。


そんな、人はこんなに早く動けるものなの?


それともぼくの反応が遅いだけだろうか。


ザクロが制止しなければ確実にもう一発殴られていた。


「驚かせてすまなかったね。急だが、これから彼女と戦ってもらう」


「!!?」


驚いてぼくは目の前の子を見る。


だって、そんな、ぼくよりかなり小さい…しかも女の子。


彼女は白いスカートをはいていて、彼女が跳ねるとスカートがひらりと舞う。


鋭い緑色の目がぼくを捕らえた。


「では、開始だ」


ザクロがそう言うや否や、彼女はぼくの胸に思いきり拳を押し付けた。


いや、押し付けたなんて、そんな生易しいものではなかった。


まるで胸に重たいものが落ちてきたかのような衝撃だった。


彼女が無表情で、ぼくを殴ったのだと理解するのにはすぐにできたのに、彼女が本当にぼくを殴ったなんて信じるのに時間がかかった。


「ザクロ!!!いったいこれはどういうこと!!?」


彼女と少し距離を置いてから、どこかにいるザクロに向かって叫ぶ。


辺りを見渡すが、彼の姿はなく、ぼくの叫びだけが響いていく。


その間にも、彼女は距離を取ったぼくに一気に近づき、攻撃をくりだす。


建物の地面がえぐれ、気づくと彼女の拳は血だらけだった。


それでも、止めてと叫ぶぼくの声は、攻撃してくる彼女には聞こえていないようで、彼女は無表情でぼくを殺しにかかってくる。


まるで、命令通りに動く機械のようだ。


一体どれくらいそんなことが続いたのだろうか。


ぼくの息も彼女の息も上がっていた。


彼女は本気でぼくを殺そうとしている。


さっきから急所ばかり狙ってくるもの。


どうしてそこまでしてぼくを殺そうとするのかが分からなかった。


ザクロが戦えって言うから戦うの?


それとも彼女には、ぼくを殺せとでも言われているのだろうか。


やられるのなら、そうなる前にやってしまえばいい。


一瞬、そんな声が頭の中をよぎったけれど、ぼくにはできない。


だって、こんな、寺にいた、妹みたいな子を。


それなら、蓮が見つかったし、このまま、いっそのこと死んで花のところへでも。


でも、それは、だめだ。


「やってしまえ」


ザクロの声が響いた瞬間、凄まじい頭痛がした。


「うぁっ」


なに、これ。


頭が割れる。


重たい。


痛い。


花が笑顔でぼくの手を引いている姿が映った。


頭がズキズキ痛む。


それをあの寺にいた男が、花の手をつかんで無理やりどこかへ連れ去ろうとする。


「やめて!!!」


ひどく痛む頭を押さえながら、ぼくは鞘から蓮を出し、その男を斬った。


「っああぁ!」


その悲鳴は高く、とても男の声には程遠かった。


なにが、起こっているの。


重い頭を押さえながら瞬きをすると、血まみれになった女の子が倒れていた。


「な、なんで!!?」


男も花もどこにもいない。


左肩から右側の腹まで一直線に刀傷があった。


白いスカートは赤く染まり、彼女は痙攣していた。


彼女の顔が、あの燃えている道場でぼくが刺した花と重なっていく。


息がうまくできない。


息がうまくはけない。


「あ…あぁ……っ」


恐怖のあまり蓮を落とした。


これは、ちがう、ぼくじゃない、そんな、だって。


ぼくが斬ってしまったんじゃない…?


違う。


体の力が抜けていくのが分かった。


体が勝手にうごく。


ぼくは、そんな。


そんな、嘘だ。


でも、手から落ちてしまったその刀身には彼女の血がびっしりとついており、ぼくがやったのだと再認識させた。


「ギル!!!」


浅く呼吸をするぼくの耳に届いたのは、彼女の名前を呼ぶぼくと同じくらいの背の高さの、肌が黒い男の子の声だった。


「なにも、ここまでするこたぁねえだろ!!!」


彼のその言葉が、ぼくの心臓にグサリと刺さった。


「許さねえ」


彼の目には、涙が浮かんでいた。


彼はどこからか短剣を出し、ぼくに向かってその刃を向く。


「やめてよ!!!」


それでも、ぼくは叫んだ。


また、彼女のように彼もああなってしまったら、ぼくは耐えられない。


一定の距離があればその刃はぼくに届かないと分かっていても、彼と距離をとってもすぐに詰めて、距離を取って、でもすぐ詰められる、その繰り返しだった。


埒があかない。


賭けに出るしかなかった。


本気で殺しにかかってくる彼に、ぼくは彼を止める術を知らない。


でもぼくが死ぬのもだめ。


それなら僕も戦うしかなかった。


ふと、彼は一定時間経つと彼女のもとへ戻って行っていた。


蓮は彼女の近くに落ちている。


蓮を手にするためには、彼がいない隙を狙って行くしかない。


「ちっ」


小さく舌打ちをして、ぼくは彼が彼女のところを離れるタイミングを狙って、動いた。


でもそれは、ぼくが彼に誘導されていたようで、いつの間にか目の前にいた彼にニヤリと笑われ、ぼくの目玉を狙って短剣を振りかざしていた。


避けられないと感じたぼくはそれを握り、彼を殴った。


どちらの手も焼けるように痛い。


「ぐっ」


短い悲鳴を上げて彼が地面にたたきつけられた。


起き上がるのに時間がかかると判断したぼくは、すぐに蓮を手にする。


刀身が彼女の血でよごれていたのには変わりなく、激痛のする手や地面にしたたり落ちる血を見て、それが現実だと再認識させた。


一週間前、誰がこんなことを予想しただろう。
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