奴隷戦士
*
白い天井が目に入った。
白い布団に寝かされていた。
そして着ている服も白かった。
周りを見渡してみても、全部白、しろ、シロ、白色一色だ。
扉の取っ手も白。
手垢で黄ばんでいるのかと思いきや、なにやら塗りなおした形跡があった。
白以外の色を探そうとしても、ぼく意外その色は見つけられなかった。
「お。起きたな」
しばらくして、ウソンが入ってきた。
「あ…それ……」
彼が手にしていたのは、花ちゃんからもらった蓮の太刀だった。
「あぁ、これな。ヤンから預かった。」
彼はぼくに蓮を渡して、ついてきてほしいところがあると言いながら、背を向けた。
歩きながらここの生活について教えてもらった。
ここは身寄りのない子どもたちを育てて、世界に役立つ人材を輩出する孤児院。
世界ではウソンが戦っていた、サイのような胴体にチーターのような模様のウサギと呼ばれるバケモノにあふれかえっていて、それを倒すために教育しているのだという。
なぜ、ウサギまみれになってしまったのかは知らないが、ヤンたち大人が生まれる前からウサギだらけになっていたのだという。
ぼくが今まで見たことがないと伝えると、たまたまウサギがいない地域だったのだろう、とウソンは言った。
「そんな地域があったとはな。ぼくの父と母はそいつらに目の前で殺された」
まっすぐに切りそろえられた前髪が、彼の眼を覆った。
「早く強くなって、ここから出てウサギを倒してやる。それが俺の目標で生きる意味だ。この世からウサギをなくしてやる」
ふと、彼の手を見ると、握られたこぶしに力が入っていた。
「で、さっきも見たろ。ウサギの皮膚は硬い。武器が必要なんだが、それを作っているのがイーヴォっていうおっさん」
目的地に着いたのか、目の前の白い扉を開け、物が散らかって混沌としている部屋に入った。
「あいつ以外の人の剣を使うとイーヴォのすごさを知る。今度まんじゅうでも持っていくかな」
ウソンは、今は持ってきてないけどと、付け足し、ぐんぐん進んでいく。
ぼくもあわてて彼についていくと、ガラクタの中から人がぬっと立ち上がっった。
「イーヴォ?」
「おお、ウソンか?」
イーヴォと呼ばれたその人は、黒く日焼けした男の人だった。
「どれ、この前ヤンに預けた私の弟子のは使ったかい?」
よっこらしょという掛け声とともに彼は腰を下ろし、眼鏡をずらし、ウソンの顔を覗き込んだ。
「おや、見ない顔だね」
ぼくと目が合い、ニカリと笑った。
「イーヴォの弟子の分は昨日使ったが、僕じゃなくて女子用に作れば?キララとか。あいつ今、槍使ってっけど、元は剣だったはずだぜ」
「う~~~ん…やはり強度に欠けたか」
「なんだ。分かっていたのか」
「ウソンが使うのなら、スパンと斬れて丈夫なものでないと難しいと言ったんだがなぁ…絶対にウソンに使ってほしいと言って聞かんのだよ」
イーヴォは厚い手でポリポリと頭をかいた。
「………………」
それから彼らはその武器をどうしたら良い方向へ向かうのか、議論していた。
使う材料の量を増やしてみるとか、別の物質を混ぜてみるとか、ぼくにはちんぷんかんぷんな内容だった。
「あ、そうだ。すっかり忘れていた。こっちは新しく入った、えっと…?」
「じ、紐紫朗…です」
ウソンが急に僕の方を見た。
「イーヴォだ。ここの武器を作って調整している。武器のことで気になることがあれば、聞いてくれ」
彼はそう言いつつ、目線はぼくではなく、ぼくの持っている蓮に行っていた。
「すまないが、その刀、見せてくれないか」
まるで珍しいものを見つけたような物言いだった。
「まさか、おまえにまた出会えるとは…思ってもみなかった」
不思議な縁もあるものだ…と彼がつぶやき、ぼくを見た。
「これは一体、どこで手に入れたのかね?」
イーヴォはいつくしむような目で蓮を見ていた。
「剣の…師匠から」
「師の名は?」
「円谷憐翔」
イーヴォは目を大きく見開いた。
「そうか…まだ、持っていてくれたか…」
彼は涙ながらに、師匠との関係を話してくれた。
イーヴォと師匠は師が同じで、師匠が遠くへ行くときに、イーヴォが餞別で蓮を打ったらしい。
師匠たちの現在を聞かれたが、答えられなかった。
でもそれが意味することを彼らは知っていたようで、思い空気がとどまった。
イーヴォの部屋を後にして、ぼくとウソンは中庭と呼ばれるところへ行き、ベンチと呼ばれる横長の椅子に座った。
庭と名のつくものだからてっきり緑色のものがあるかと思ったら、踏み固められた土の上にベンチがあって、その近くに噴水がある小さな場所だった。
ここも白一色の壁と天井に覆われていた。
「おまえもしんどかったな」
突然、ウソンが悲しそうな顔をしてぼくを見た。
その言葉が何を意味するのかは、すべて分からなかったが、堰を切ったように涙がボロボロとこぼれ出た。
しばらくして、ウソンはどうしてぼくをイーヴォのところへ連れて行ったのか話し始めた。
「同じ武器使うと思ったから連れて行った。それにおまえはきっとこれから強くなる。武器を誰が作るのか知っておいて損はねえと思っただけだ」
別にウソンのように、ウサギをこの世から消し去るっていう目標を掲げろっていう意味でもないらしい。
「でも実際、ぼくがイーヴォやイーヴォの弟子に言えるのはさ、剣を使ったときの感想だけなんだよ。そこから不具合を起こさないようにどうするかは彼らの仕事で、ぼくは口を出せねえんだ。そこの知識はからっきしでな」
もどかしいよ、今すぐにでもウサギを消し去りたいのに、と彼がこぼしす言葉には哀愁が漂っていた。
「だからさ、こうして使えねえってばっかり言うのも少しつれえ。ひねりだして漸くできても、任務で使えねえんじゃ、意味がない」
死ねばそれこそ意味がない、だれも死ぬために生きちゃいねえと震える手をつかんで言うウソンには、申し訳ないけど、ぼくには理解したくない言葉だった。
彼は一生懸命に生きている。
でもぼくは、花ちゃんの所へ行きたい。
ウソンがベンチから立って伸びをする。
「さて、と。そろそろ、腹が空いたな。メシ食べようぜ」
お腹が空いた感じはしないが、彼に言われるがまま、中庭からヤンに案内された部屋に戻る。
中庭から部屋に戻るまでに、ぼくたちが戻る部屋とよく似た扉がいくつもあった。
「食べたいものあれば、ここから自由に取っていいんだぜ」
自分たちの部屋に戻り、隅の方にある長い机の上に置いてある料理をウソンは次々と自分の食器へ運んでいく。
目の前には湯気の出ている野菜の入った白い汁、野菜、強くつかんだらへしゃげてしまうほど柔らかい物、ぐちゃぐちゃになった黄色い塊。
見たことも、食べたこともないものばかりだ。
それでも食欲はそそられない。
おいしそうだとか、おいしくなさそうだとか、それよりも底知れぬ不快感の方がずっとぼくに居座っていた。
「なんだ、欲しくないのか?」
「…お腹が、空いていないんだ」
「でもなんか食べたか?」
彼に言われて、そういえば何も口にしていないことに気づいた。
「別におかしくはないさ、医療室で寝てたんなら、傷を治して、栄養もとってるさ」
無理に食べる必要はない。彼はそう言ったが、何か胃に入れた方がいい気がして、柔らかい物をお皿に置く。
自分の握りこぶしくらいの小さな柔らかい物体。
手の中でぎゅっと握ると、予想通り縮んだ。
「ロールパンをつぶして食べる派?変わってんねえ」
「ろーるぱん」
聞きなれない単語と縮まった食べ物を見て、においを嗅ぐ。
少し甘いにおいがする。
「そ。で、これがスクランブルエッグ。こっちはシチュー」
なんだかよく分からないが彼はどんどん口に入れていく。
たくさん取っていたお皿はもうほとんど空になっている。
依然として食欲はないものの、握って小さく硬くなったロールパンをかじると、甘いにおいと思いのほか柔らかい感触がした。
でも、それを飲み込む前に気持ち悪くなって盛大に吐いてしまった。
白い天井が目に入った。
白い布団に寝かされていた。
そして着ている服も白かった。
周りを見渡してみても、全部白、しろ、シロ、白色一色だ。
扉の取っ手も白。
手垢で黄ばんでいるのかと思いきや、なにやら塗りなおした形跡があった。
白以外の色を探そうとしても、ぼく意外その色は見つけられなかった。
「お。起きたな」
しばらくして、ウソンが入ってきた。
「あ…それ……」
彼が手にしていたのは、花ちゃんからもらった蓮の太刀だった。
「あぁ、これな。ヤンから預かった。」
彼はぼくに蓮を渡して、ついてきてほしいところがあると言いながら、背を向けた。
歩きながらここの生活について教えてもらった。
ここは身寄りのない子どもたちを育てて、世界に役立つ人材を輩出する孤児院。
世界ではウソンが戦っていた、サイのような胴体にチーターのような模様のウサギと呼ばれるバケモノにあふれかえっていて、それを倒すために教育しているのだという。
なぜ、ウサギまみれになってしまったのかは知らないが、ヤンたち大人が生まれる前からウサギだらけになっていたのだという。
ぼくが今まで見たことがないと伝えると、たまたまウサギがいない地域だったのだろう、とウソンは言った。
「そんな地域があったとはな。ぼくの父と母はそいつらに目の前で殺された」
まっすぐに切りそろえられた前髪が、彼の眼を覆った。
「早く強くなって、ここから出てウサギを倒してやる。それが俺の目標で生きる意味だ。この世からウサギをなくしてやる」
ふと、彼の手を見ると、握られたこぶしに力が入っていた。
「で、さっきも見たろ。ウサギの皮膚は硬い。武器が必要なんだが、それを作っているのがイーヴォっていうおっさん」
目的地に着いたのか、目の前の白い扉を開け、物が散らかって混沌としている部屋に入った。
「あいつ以外の人の剣を使うとイーヴォのすごさを知る。今度まんじゅうでも持っていくかな」
ウソンは、今は持ってきてないけどと、付け足し、ぐんぐん進んでいく。
ぼくもあわてて彼についていくと、ガラクタの中から人がぬっと立ち上がっった。
「イーヴォ?」
「おお、ウソンか?」
イーヴォと呼ばれたその人は、黒く日焼けした男の人だった。
「どれ、この前ヤンに預けた私の弟子のは使ったかい?」
よっこらしょという掛け声とともに彼は腰を下ろし、眼鏡をずらし、ウソンの顔を覗き込んだ。
「おや、見ない顔だね」
ぼくと目が合い、ニカリと笑った。
「イーヴォの弟子の分は昨日使ったが、僕じゃなくて女子用に作れば?キララとか。あいつ今、槍使ってっけど、元は剣だったはずだぜ」
「う~~~ん…やはり強度に欠けたか」
「なんだ。分かっていたのか」
「ウソンが使うのなら、スパンと斬れて丈夫なものでないと難しいと言ったんだがなぁ…絶対にウソンに使ってほしいと言って聞かんのだよ」
イーヴォは厚い手でポリポリと頭をかいた。
「………………」
それから彼らはその武器をどうしたら良い方向へ向かうのか、議論していた。
使う材料の量を増やしてみるとか、別の物質を混ぜてみるとか、ぼくにはちんぷんかんぷんな内容だった。
「あ、そうだ。すっかり忘れていた。こっちは新しく入った、えっと…?」
「じ、紐紫朗…です」
ウソンが急に僕の方を見た。
「イーヴォだ。ここの武器を作って調整している。武器のことで気になることがあれば、聞いてくれ」
彼はそう言いつつ、目線はぼくではなく、ぼくの持っている蓮に行っていた。
「すまないが、その刀、見せてくれないか」
まるで珍しいものを見つけたような物言いだった。
「まさか、おまえにまた出会えるとは…思ってもみなかった」
不思議な縁もあるものだ…と彼がつぶやき、ぼくを見た。
「これは一体、どこで手に入れたのかね?」
イーヴォはいつくしむような目で蓮を見ていた。
「剣の…師匠から」
「師の名は?」
「円谷憐翔」
イーヴォは目を大きく見開いた。
「そうか…まだ、持っていてくれたか…」
彼は涙ながらに、師匠との関係を話してくれた。
イーヴォと師匠は師が同じで、師匠が遠くへ行くときに、イーヴォが餞別で蓮を打ったらしい。
師匠たちの現在を聞かれたが、答えられなかった。
でもそれが意味することを彼らは知っていたようで、思い空気がとどまった。
イーヴォの部屋を後にして、ぼくとウソンは中庭と呼ばれるところへ行き、ベンチと呼ばれる横長の椅子に座った。
庭と名のつくものだからてっきり緑色のものがあるかと思ったら、踏み固められた土の上にベンチがあって、その近くに噴水がある小さな場所だった。
ここも白一色の壁と天井に覆われていた。
「おまえもしんどかったな」
突然、ウソンが悲しそうな顔をしてぼくを見た。
その言葉が何を意味するのかは、すべて分からなかったが、堰を切ったように涙がボロボロとこぼれ出た。
しばらくして、ウソンはどうしてぼくをイーヴォのところへ連れて行ったのか話し始めた。
「同じ武器使うと思ったから連れて行った。それにおまえはきっとこれから強くなる。武器を誰が作るのか知っておいて損はねえと思っただけだ」
別にウソンのように、ウサギをこの世から消し去るっていう目標を掲げろっていう意味でもないらしい。
「でも実際、ぼくがイーヴォやイーヴォの弟子に言えるのはさ、剣を使ったときの感想だけなんだよ。そこから不具合を起こさないようにどうするかは彼らの仕事で、ぼくは口を出せねえんだ。そこの知識はからっきしでな」
もどかしいよ、今すぐにでもウサギを消し去りたいのに、と彼がこぼしす言葉には哀愁が漂っていた。
「だからさ、こうして使えねえってばっかり言うのも少しつれえ。ひねりだして漸くできても、任務で使えねえんじゃ、意味がない」
死ねばそれこそ意味がない、だれも死ぬために生きちゃいねえと震える手をつかんで言うウソンには、申し訳ないけど、ぼくには理解したくない言葉だった。
彼は一生懸命に生きている。
でもぼくは、花ちゃんの所へ行きたい。
ウソンがベンチから立って伸びをする。
「さて、と。そろそろ、腹が空いたな。メシ食べようぜ」
お腹が空いた感じはしないが、彼に言われるがまま、中庭からヤンに案内された部屋に戻る。
中庭から部屋に戻るまでに、ぼくたちが戻る部屋とよく似た扉がいくつもあった。
「食べたいものあれば、ここから自由に取っていいんだぜ」
自分たちの部屋に戻り、隅の方にある長い机の上に置いてある料理をウソンは次々と自分の食器へ運んでいく。
目の前には湯気の出ている野菜の入った白い汁、野菜、強くつかんだらへしゃげてしまうほど柔らかい物、ぐちゃぐちゃになった黄色い塊。
見たことも、食べたこともないものばかりだ。
それでも食欲はそそられない。
おいしそうだとか、おいしくなさそうだとか、それよりも底知れぬ不快感の方がずっとぼくに居座っていた。
「なんだ、欲しくないのか?」
「…お腹が、空いていないんだ」
「でもなんか食べたか?」
彼に言われて、そういえば何も口にしていないことに気づいた。
「別におかしくはないさ、医療室で寝てたんなら、傷を治して、栄養もとってるさ」
無理に食べる必要はない。彼はそう言ったが、何か胃に入れた方がいい気がして、柔らかい物をお皿に置く。
自分の握りこぶしくらいの小さな柔らかい物体。
手の中でぎゅっと握ると、予想通り縮んだ。
「ロールパンをつぶして食べる派?変わってんねえ」
「ろーるぱん」
聞きなれない単語と縮まった食べ物を見て、においを嗅ぐ。
少し甘いにおいがする。
「そ。で、これがスクランブルエッグ。こっちはシチュー」
なんだかよく分からないが彼はどんどん口に入れていく。
たくさん取っていたお皿はもうほとんど空になっている。
依然として食欲はないものの、握って小さく硬くなったロールパンをかじると、甘いにおいと思いのほか柔らかい感触がした。
でも、それを飲み込む前に気持ち悪くなって盛大に吐いてしまった。