奴隷戦士
「しんだ…って?」
あの紫色の飲み物を飲んだから?
あれは毒だったの?
じゃあ、何でぼくが生きているの?
なんで、死んだってわかるの?
様々な疑問が一瞬にして頭の中を巡った。
今までの…全部が?
「飲まされるあの変な色の飲み物、あれは増強剤だって聞いた」
水を打ったように静まり返っていた。
先ほどまでのヒソヒソとした話声も、息を吐く音も、全部、しない。
いつの間にか、この部屋の空気はピンと張りつめていた。
「なんで、そんなこと…誰から聞いたんだよ…」
ウソンの言葉に、座っていた男の子が震えた声で言った。
他の子たちは、おびえたような表情、不安そうな表情、怒ったような表情、困惑した表情をして、ウソンをじっと見ていた。
「ザクロと他の研究員が話していたのが…聞こえたんだよ」
ウソンの隣にいた子が息をのんだ。
「じゃあ、ざ…ザクロはずっと僕らをだましていたっていうこと!!?」
「ジュースだと言って、ずっと騙してたのか!!?」
「ザクロがそんなことするわけないだろ!!!やめろよ!だ、だいたい、なんで増強剤飲んで死んだりするんだよ!おかしいだろ!それに本当にそれを話していたのはザクロなのか!?後姿が似ている人じゃないのか!?本当にはっきりとザクロが言ってたって言えんのか!?勝手なこと言うんじゃねえ!」
ザクロを慕っていた子たちが泣きそうになりながら叫んだ。
「ザクロは、俺に居場所をくれたんだぜ…そんなことするわけねえじゃん…」
ぎゅっと自分の服をつかんでいる。
にぎりしめすぎて手がところどころ白くなっていた。
「捨てられて、食べるものもなかったところから、時間通りにメシが食えて、ふかふかのベッドで寝ることができるようになったんだぜ、ザクロがこうしてくれたんだ…」
グスンと誰かが鼻をすすった。
「どうしてだとか、なんでだとか、そんなの詳しいことは知らねえよ…でも、ぼくは増強剤を飲んで目が良くなった。あそこにいる鳥がカラスじゃないっていうのも分かる。他にもそう感じているのはぼくだけじゃないんだろ?何か体が変化しているんだろ?他も良くなりすぎて怖いってやつ、いるんじゃねえのか?」
窓の外には鳥などおらず、どこに鳥がいるのか分からなかった。
「で、でも…そんなの、気のせいなんじゃ…鳥なんてどこにも見えないよ!」
ぼくと一緒のことを思ったのは大勢いた。
そうだそうだ!とザクロがそんなことをしていると信じたくない子が、その不安をかき消すように、大きな声で言う。
「嘘言うんじゃないわ!そんなことしてザクロを貶めるようなこと言わないで!」
誰かが、ウソンにフォークを投げた。
彼の体にフォークが当たった。
地面に落ちたフォークが音を立て、転がって言った。
「う、嘘じゃ、ないよ…」
誰かが、その子に続いてスプーンやフォークをウソンに投げようとしたときに、その声は聞こえた。
「わたしも、窓の外に鳩が飛んでいるのが見える…」
「あなたねえ…!」
フォークを投げた子がウソンの言葉に同意した子に怒りを向けた。
「で、でも!ザクロさんはそんなことしないと思う…きっと見間違えたんじゃないのかな…その時って、昨日のご飯食べた後のことでしょう?眠たくなるし、勘違いじゃない…?」
ウソンも、その子も黙った。
彼はこれ以上話しても誰も信じてくれないのだと思ったのだろう。
こんなにザクロを好いている人がいたとは思ってなかった。
「もうやめようぜ、メシが冷える」
その言葉を合図に、日常に戻った。
ウソンに言われた通り、例のものを飲んで、体のどこかが急激に性能が良くなった子はたくさんいたのは分かったけど、結局、ウソンが変なことを言っているだけで、誰も彼の話を信じる人はいなかった。
「お前も、ザクロを信じるのか?」
悲しい目をしたウソンに、ぼくは首を振った。
ぼくはザクロがいい人だとは思わない。
でも自分自身で見たものじゃないからなんとも言えないもの事実で、ウソンがあんなことを言って、ほかの子たちを混乱させているのに何か理由があるのかと思えば、彼の思い詰めている様な顔を見る限り、それはないんだろと思う。
「ぼくは、ウソンを信じる」
彼の眉間に寄っていた影が少し薄くなった。
「でもきっと、ザクロはろくなこと考えちゃいねえぜ」
用心しとけ。とぼくを見てウソンは部屋に戻った。