奴隷戦士
それからの数日はひたすらにヤンとの二人きりでの稽古だった。
ギルとリャノたちと戦わせられることもなければ、ウソンたちと同じ場所でウサギを倒すこともない。
ただ、ひたすらにヤンと向き合って、剣の持ち方がどうだの、敵に周りを囲まれた時はこうするだの、もしどこかが負傷していたらどうするだの、と淡路の戦い方を徹底的に教え込まれた。
嫌だと思っている割に自分がその剣の使い方を覚えていくのが、とても気持ち悪かった。
こうしている間に円谷の流派を忘れてしまうのではと危惧した。
と、急に目の前が暗くなる。
急い顔をあげると、ヤンが木刀をぼくに振りかざしていた。
振り下ろされるその木刀を、ぼくは渡された自分の木刀で受け止める。
乾いた音と共に、衝撃が腕を伝って脳へ行く。
重たい。
腕がビリビリする。
「く…っ」
彼は無表情でぼくを見下ろしていた。
「何を考えている」
彼の言葉と同時に受け止めている刃がさらに重たくなった。
「ウッ!?」
力を入れすぎて、頭の血管が切れそうだ。
「何を考えているのかと聞いている」
ヤンは涼しそうな顔をして、ぼくに同じ質問をした。
何を考えているかなんて、そんな、こんなことしたくないことしか考えていないというのに。
「ヴァ!」
なんとかそのヤンの力を押し戻そうと、全身でヤンの方へ力を向ける。
だが、そこにはヤンの姿はなく、持て余した力が虚をさまよう。
「!?」
息をのんだ。
急に消えた。
さっきまでぼくと剣を交えていたのに、急に消えた。
「視界に頼るな」
「ぐ」
急に消えたかと思えば、急に現れ、態勢をくずしたぼくの腹を思いきり蹴り、彼方へと飛ばす。
ぼくは受身を取れずに壁へ激突し、むせる。
体が激痛で悲鳴を上げている。
とてもではないが、動けない。
『武器を手放すな』
不意に師匠の言葉が脳裏をかすめて、ぼくは手から零れ落ちそうになっている木刀を再度握りしめた。
「くそ…」
左方から何かが来る気配がする。
ぼくは動かなくなった左手をかばいながら、右手で応戦する。
また、木刀と木刀がぶつかる乾いた音がした。
「ほう、やはり飲み込みは早いな」
ぼくを力で抑え込みながら、ヤンが驚いたように言う。
ぼくは力を抜き、ヤンの剣を受け流した。
そして行き場の失った彼の力を利用して、流れてきたがら空きの胴体に木刀を思いきりぶつける。
でもぼくがヤンだと思っていたものは壁そのもので、混乱した。
え?
さっきまでここにいたはずなのに。
どうしていないの。
その一瞬、そう思ったのがいけなかった。
突然、背中に激痛が走った。
「ヴァッ」
そしてそのまま地面に押しつぶされる。
圧迫されて胸が軋む。
「最中に他のことを考える余裕があるとは、驚いた」
背中に乗っている重たいヤンから抜け出そうと脱出を試みるが、まったく動かない。
左腕が変な方向に曲がっているのが見えた。
悔しい。
早く蓮を取り戻したいのに。
「お前が大事にしてる蓮が、こちらの手の内にあることを忘れるなよ」
涙が出ていく。
彼は、何も考えずにただ強くなることだけを考えろと言っている。
悔しい。
悔しい。
ぼくは望んでここに来たわけじゃないのに。
戦いたくないのに。
戦わなければ、取り戻せない。