奴隷戦士
太陽が照らさないその場所で


持ってきた武器を強く握っていると、不意に頭に誰かの手が置かれた。


徐に顔を上げると、ところどころ顔に怪我をしたキララが眉を下げていた。


「誰も悪くないわよ。このウサギの多さはこの人数じゃ全滅しててもおかしくないわ」


そんなことを言われても、ぼくの心は晴れなかった。


彼女は彼が首にかけている認識票を拾い上げ、自分の首にかけた。


自分の認識票を見ると、そこには自分の名前が彫ってあった。


誰が、死んだのか分かるように首から下げておけと言われた物。


戦場でそれを見つけたら、拾って持って帰ってこいと言われた物。


施設に戻り、フィーを医務室の人に引き渡したあと、ザクロにそれを渡した。


報告書は明日出すわ。


あぁ分かった。


そんな簡単なやりとりをした後、ぼくも報告書を書けと言われ紙を渡された。


何をどう書けばいいのかと彼女に聞けば、その場にいなかった人が読んでもその場にいたことが分かるように、起こったこととそれに対する自分の意見を書けばいいと言われた。


文字を習っていてよかったと今になって思った。


キララと離れ、ぼくは大部屋に行った。


たしかそこに書くものがあったはずだ。


大部屋に行くとざわざわしていた声がピタリと止んだ。


気にせず書くものがあるところへ足を進めると裾を引っ張られた。


「ほら!やっぱりそうじゃねえか!」


嬉々とした表情を浮かべたウソンだった。


「髪が伸びてて一瞬誰かわかんなかったけど、やっぱそうだな!?」


ぼくの顔をぺちぺち叩いては頭を撫で回し、抱擁をする。


「ほんとだ、ジューシローだ」


「トレーニングに来ないから死んだのかと思ってた」


「えっ、隈すご」


「その服なに?」


「ちょっと汚れてるね。シャワー浴びる?」


「あれ、ここ怪我した?」


わらわらと集まってきた子たちをよそに、ウソンがシャワー浴びようぜと言いながらぼくを大部屋から連れ出した。


「シャワー室って言って、汗とか汚れとか落とすんだよ。ここを押すと熱い湯が出る。こっちを押せば冷たいのが出る。これが髪を洗う用の石鹸。こっちが体洗う用の石鹸。これが体をこするやつ」


ウソンが一通り説明を終えると、シャワー浴びたことないの?と問いをかけられた。


使ったことはない。


じゃあいつもどうしてたのと聞かれると分からないと答える。


ぼくはどうやって体の汚れを落としていたんだろう。


いつもヤンと稽古をしていて自分の体の匂いだとか、汚れだとか、そういうことで不快に感じたことはない。


「医務室にいたから、そこにいる奴らが体拭いてたんだろ」


不思議がるその子に、ウソンがぼくに代わって答えた。


試しに熱い湯がでるところを押すと、本当に勢いよく上から熱い湯が出てきた。


「うわ!あっつ!」


「ちょっと!」


「なんでいま押すんだよ!」


ウソンが嘘を言っているわけではないと分かっていても、まさか本当に押すだけで熱い湯がでてくるとは思ってもみなかった。


「服脱いで裸になってから押すんだよ!このボタンは!無表情でやるな!」


もちろんぼくもその湯がかかって濡れたが、それ以上にウソンがビッショビショになって叫んでいた。


ちょうどウソンが立っていたところに湯が直撃するようになっていた。


ここで服を脱いで入れるんだと教えてもらって、持っていた紙を折りたたんで、脱いだ服の上に置いた。


「え、お前大丈夫?めっちゃ痩せてんじゃん」


ウソンがぼくの体を見てぎょっとした。


彼の隣で服を脱いでいた別の子も驚いていた。


「ご飯食べたの、いつが最後?」


彼に聞かれてぼーっと遠くを見る。


はて、いつだっただろうか。


「だめだこいつ答える気ねえ」


「答える気ねえっていうか、覚えてねえんじゃねえの」


「点滴は食事したうちに入らないぞ」


くちぐちに言う彼らの口をウソンが黙らせ、水が散るからこのドア閉めてボタン押すんだぞと念を押されてシャワー室に放り込まれた。


隣で別の子の鼻歌が聞こえる。


熱い湯が出るボタンを押して体を温める。


じんわりと足の指から冷気が抜けていく。


青紫色になりかけていた体の色は血色を取り戻し始めていた。


と、不意にこれから何をすればいいの分からなくなった。


頭上から温水が流れていき、地面へと道を作っていく。


髪を洗う石鹸と体を洗う石鹸、冷たい水が出るボタン、それぞれ順番に見つめた。


これを、どうするのだろうか。


ひとまず、手についていた血の塊を洗い流した。


道場で稽古をした後はいつも冷たい川で泥や汗を流していたから、暖かい水で泥を落とすのはなんとなく不思議な気持ちになった。


「大丈夫か?」


外でウソンの声がする。


体の血や泥を落として、待っているウソンのところに行くと、彼はぼくが出てきたところのシャワー室へ連れ戻した。


それから石鹸を手に取り、髪はこうやって洗うんだと言いながら頭をわしゃわしゃする。


泡が立ち、嗅いだことのない匂いがした。


それを温水で洗い流し、次はこれで体を洗うの、とぼくの体を触った。


「わ!」


反射的にウソンの手を叩いた。


ウソンが目を見張った。


どうしてそんなことをしたのか分からないまま、ぼくは彼を見る。


嫌ではない。


嫌ではなかったが、手が出た。


なんでだろう。


「あー…悪い」


彼は目を逸らしながら、体は洗ったようだしいいか、と温水が出るボタンをもう一度押してシャワーを止めた。


「よし、少しはマシになっただろ」


シャワー室から出て、大きな布で体についている水を拭き取って、例の白い服に着替える。


脱いだ服は洗濯するらしく、大きな籠に入れるんだと教えてもらった。


しめった髪のまま外へ出ようとしたらいろんな子に引き止められ、ウソンのところへと誘導された。


「ちょっとも〜お母ちゃん、ジューシローから目離さないでよ〜」


「あ?お母ちゃん?」


「この子、髪も乾かさずに外へ行こうとしていたのよ、しっかりして〜」


「はあ?」


眉根を寄せてウソンがぼくを見る。


はいはい分かったよ、と彼はぼくを座らせ、温風を当てて髪を乾かした。


今までは気づかなかったけど、前髪が目にかかり、後ろの髪や横の髪も肩についていた。


確かに、髪が伸びた。


そして温かい風に身を委ね、ぼくは目を閉じた。


とおくで話し声が聞こえる。


「昨日のスープいつもより美味しくなかった?」


「はぁ?そんなん知らねーよ」


「おい!俺のパンツどこやったんだよ!ほんと、隠すのやめてくれよ!」


「フルチンで過ごせば?」


「やべー」


「お前のパンツよこせ!」


「はあ!?どうすんだよ」


「俺が履く!お前がフルチンで過ごせ!」


「ウワッやめろよ!ちょ、嫌っやめろって!うわわわわ悪かったって!イヤーーーーッ!おまえら見てねえで助けろや!」


「あれ?ジューシロー寝てない?」


「そんなことある?」


「いやだって…」


「……!!」


「…?」


「」
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