奴隷戦士
*
『紐紫郎』
真っ暗闇の中で、おっさまに呼ばれた。
辺りを見渡しても誰もいない。
真っ暗な暗闇。
誰も映らない。
誰もいない。
もう一度、呼ばれて振り返ると、まばゆい光が射抜き、思わず目を閉じた。
ゆっくりと目を開けると、そこは燃えている最中だった。
じわじわと汗が滲み、煙で目がしばしばする。
ごうごうと燃える音と木が軋んで割れていく音、誰かの悲鳴と助けを求める声と、駆け抜ける足音がする。
心臓の脈打つ音がとても早く、とても大きく、鳴る。
口の中が乾いていき、力が抜けていく。
忘れもしない、ここは、ぼくが花ちゃんを殺めた場所。
火の手が上がる、円谷の家。
「紐紫郎!」
霧を裂くような鋭い声が靄の中からぼくを見つけた。
目の前には銃を持った男が不敵に笑い、発砲した。
喧しい音がこの部屋を包む。
銃弾は誰にも当たらず、ぼくの後ろの壁にめり込んだ。
ぼくは彼女に渡された蓮を持っていた。
まだ、鞘から引き抜いてもいないとても綺麗な剣。男が再度、銃を構える。
後ろにいる花ちゃんがぼくの名を呼んだ。
振り返るとあのときのように、花ちゃんがいた。
不安を顔いっぱいに貼り付け、すがるようにぼくを見ている。
汗が頬を伝った。
「たすけて」
花ちゃんの口がそう動いた。
弾かれたように蓮を鞘から引き抜き、男に刀身を向ける。
『紐紫郎』
足を踏み出そうとした瞬間に、おっさまの声がした。
『生き物を殺してはならない。苦しめてはならない。なぜなら、自分たちが死んだ後にそれ以上に苦しいことが自分に返ってくる。自分を苦しめることなんて言語道断。でも、人はどこかで罪を侵さなければ生きてはゆけない』
幾度と聞いたおっさまの教えが部屋の中で木霊する。
「それはお前の罪だ」
鮮明に聞こえた。
花ちゃんの口から。
えっ、と思った時にはすでに時が遅く、花ちゃんの持っている脇差がぼくの胸を貫いていた。
どうして。
音にならない声が宙を舞った。
息ができない。
呼吸をしようと口を開けると血が出て行く。
はな。
刺している彼女の顔がどんどん変わっていく。
ぼくが見殺しにしたあの子に。
「この人殺し」
『紐紫郎』
真っ暗闇の中で、おっさまに呼ばれた。
辺りを見渡しても誰もいない。
真っ暗な暗闇。
誰も映らない。
誰もいない。
もう一度、呼ばれて振り返ると、まばゆい光が射抜き、思わず目を閉じた。
ゆっくりと目を開けると、そこは燃えている最中だった。
じわじわと汗が滲み、煙で目がしばしばする。
ごうごうと燃える音と木が軋んで割れていく音、誰かの悲鳴と助けを求める声と、駆け抜ける足音がする。
心臓の脈打つ音がとても早く、とても大きく、鳴る。
口の中が乾いていき、力が抜けていく。
忘れもしない、ここは、ぼくが花ちゃんを殺めた場所。
火の手が上がる、円谷の家。
「紐紫郎!」
霧を裂くような鋭い声が靄の中からぼくを見つけた。
目の前には銃を持った男が不敵に笑い、発砲した。
喧しい音がこの部屋を包む。
銃弾は誰にも当たらず、ぼくの後ろの壁にめり込んだ。
ぼくは彼女に渡された蓮を持っていた。
まだ、鞘から引き抜いてもいないとても綺麗な剣。男が再度、銃を構える。
後ろにいる花ちゃんがぼくの名を呼んだ。
振り返るとあのときのように、花ちゃんがいた。
不安を顔いっぱいに貼り付け、すがるようにぼくを見ている。
汗が頬を伝った。
「たすけて」
花ちゃんの口がそう動いた。
弾かれたように蓮を鞘から引き抜き、男に刀身を向ける。
『紐紫郎』
足を踏み出そうとした瞬間に、おっさまの声がした。
『生き物を殺してはならない。苦しめてはならない。なぜなら、自分たちが死んだ後にそれ以上に苦しいことが自分に返ってくる。自分を苦しめることなんて言語道断。でも、人はどこかで罪を侵さなければ生きてはゆけない』
幾度と聞いたおっさまの教えが部屋の中で木霊する。
「それはお前の罪だ」
鮮明に聞こえた。
花ちゃんの口から。
えっ、と思った時にはすでに時が遅く、花ちゃんの持っている脇差がぼくの胸を貫いていた。
どうして。
音にならない声が宙を舞った。
息ができない。
呼吸をしようと口を開けると血が出て行く。
はな。
刺している彼女の顔がどんどん変わっていく。
ぼくが見殺しにしたあの子に。
「この人殺し」