奴隷戦士


「おい!」


大きな声が耳元でして、驚いて目をあけた。


不安そうにウソンが覗き込んでいる。


視界の隅には豆電球が橙色にこの世界を照らしていた。


ギシと何かが軋む音がする。


「大丈夫か?随分、うなされていたぜ」


彼はぼくを起き上がらせ、水が入った透明な湯のみを差し出す。


そこでやっと、夢を見ていたことに気づいた。


ずいぶんと息が上がっていて、呼吸を落ち着かせようとしても全くうまくいかない。


まるでとても長い間を息を止めていたかのように、心臓が悲鳴をあげながら動いている。


たくさん息を吸って肺に空気を送っても送っても、足りない。


汗が背中にへばりついて気持ち悪い。


まるで朝露のついた蜘蛛の巣がへばりついているかのように。


透明な湯のみに手を伸ばすその手も震えている。


視点が定まらない。


どこを見ればいいのか、分からない。


あちこちに視線をめぐらせれば、頭が乱離骨灰な情報を処理しきれず、目の前が暗くなりはじめた。


頭が重くて、自分では思うように支えられなくなって、前のめりに倒れる。


「お、おい!」


ウソンがぼくの背中をさすった。


おでこに手を当てたり、脈を測ったり、ぼくに被さってあった布をどけたり、前髪の間からチャキチャキと動いていた。


「起こせるか?」


重い頭をゆっくりと起こすと、ウソンは上半身を起こしても倒れないよう、どこからか持ってきた弾力のある座布団を背中の後ろにたくさん置いた。


喉がカラカラで唾すら出てこないのに、嫌なねっとりとした汗はとめどなく出て行く。


「飲めるか?」


もう一度、彼はぼくに水を差し出した。


透明な湯のみはウソンからぼくにわたった途端に勢いよく中身を零し、ゴトンと音を立て、股の間に大きなシミを作った。


それでもなお、まだ手は震えている。


「ご、ごめ」


「気にすんな。新しいの取ってくる」


言葉をかぶせるようにウソンは言い、ゆっくり息をしてなと指示をした。


彼がこの部屋から出て行った途端に、とてつもない不安に駆られた。


指先から急激に体温が下がっていく。


なにが、不安なのか分からない。


分からない。


早く、戻ってきて。


涙が溢れ、止まらない。


分からない。


どうして、こんなにも不安なのか。


分からない。


どうして、こんなにも涙が出るのか。


どうして?


どうして?


何が?


どうして?


分からない。


分からない。


「少し寝てろ。紐紫郎」


誰か、分からない声がして、ぼくは糸が切れるように意識を手放した。
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