奴隷戦士
*
長い間、その大画面を見ていたように思う。
「大丈夫?」
キララに声をかけられて、瞬きを数回する。
どこを見てもそこは、大画面で見ていた景色だった。
自分の意思で映る世界が変わっていく。
目を右に動かせばその景色が、左に動かせば左に映る景色が見える。
周りにはウサギだったもの、目に見えて弱っているウサギが数匹。
服には灰色の粉がたくさんついている。
まるでその粉を上から大量にかぶったような量だった。
「あんたほんとに大丈夫?」
キララがぼくにのぞきこんで、訝しげにぼくを見ている。
「だいじょう、ぶ」
これを彼がやったのか。
信じられない光景に瞬きしていると、「このウサギ持って帰るわよ」とキララに促される。
こんなに重そうなものなんて持てないと思いながらキララのように見様見真似でウサギを持つと、あの重そうな巨体がすんなり浮いた。
そんなことある?
ウサギをはじめて触った感覚は暖かく、ぼくたちと変わらない動物なのだと知った。
どうしてウサギを軽々と持ち上げられたのか、分からないままキララに続いて施設へ戻る。
キララはこうすることが初めてではないようで、慣れた様子で前回通った施設の入り口ではないところへ足を進め、大きな檻の中へ持ってきたウサギを入れた。
着ていた白い服はウサギの血で汚れ、ぼくたちが通った道に足跡のように残していた。
ちょうど近くを綺麗にしていた清掃員に、キララはこれから床がまた汚れることを伝えて、また来た道を戻り、ウサギを担ぐ。
それを3回ほど繰り返して、弱々しく生きているウサギを全て檻の中へ入れ、キララがその辺にいた研究員に声をかける。
ザクロの部屋にいたキララにおちょくられていた人だった。
げ、という声を飲み込んだが、表情に出てしまったキララに研究員が詰め寄る。
「誰かと思えば昨日の出来損ないか」
上から見下す彼は鼻の下がなぜか伸びていて、とてもブサイクだった。
「いちいちうるさいわね。ご希望通りウサギを取ってきたからありがたく思いなさいよ」
彼女はそれ以上何も言わず、ぼくたちが持って帰ったウサギを見て研究員は、なんだこのウサギは!弱っているじゃないか!だの、この役立たず!だの、これじゃゴミを持って帰ってきただけじゃないか!などの暴言を吐く。
それを彼女は無視していた。
それでも自分たちに言われている言葉はぼくの心に爪を立て、引っ掻き、えぐり、あわよくば中身を取り出そうとしている。
引っ掻いたその爪の先から黒い液体が溢れ出る。
次第にそれはぼくが見ている世界を覆った。
気づくと、ぼくはまた例の黒い世界の中で、今まで見ていた世界が上映されている大画面に向かって正座をしていた。
キララの制止する声をよそに、ぼくは自分の手で研究員の目を狙って指を突き立てようともがく。
キララはそんなぼくを羽交い締めにして、結局ぼくは研究員の頬をひっかくことしかできなかった。
「ダメよ!こんな安い挑発に乗っちゃダメよ!」
彼女が怒鳴る。
彼女の手の中にいるぼくはどうにかしてここを脱出しようと手足を振り回している。
意味をなさない抗議の声がする。
「感情的になるのは良くないわ。もっと状況を見なさい。自分が起こす行動のその先を考えなさい」
手足を拘束する彼女の顔がすぐそばにある。
眉間にしわを寄せたまま、研究員の動向を見ていた。
研究員が、よくも顔に傷をつけたな!と激昂する。
勢いよく白い柱についている赤い丸い突起物を押すと警戒音が鳴り響き、前方と後方から数人の足音がこちらに向かってきていた。
キララが小さく舌打ちをした。
「いい?これから来る奴らに飛びかかってはダメよ。今のあなたには勝てっこないわ。あいつらはアタシたちを殺す力を持っているんだから」
後方の扉が開いて、奇妙な衣装に身を包んだ人間がのそのそとぼくたちを囲む。
前方からもその奇妙な服を着た人たちが来て、合計で4人、ぼくたちを囲んだ。
研究員がその奇妙な人に向かって、あいつらがこの傷をつけたんだ!と大声で叫んでいる。
大の男が情けなく大きな声をあげ、助けを乞うその姿はいささか滑稽に映る。
「アンタたちもあんなグズに呼ばれて大変ね」
キララが奇妙な人に声をかけ、声をかけられた人は、黙れと彼女を一喝し、あらやだ怖いと彼女はこぼした。
その後、ぼくたちは牢屋に入れられ、一緒についてきた大声で泣き叫んでいた研究員から殴られ、蹴られながら牢屋の奥へと足を進ませた。
奇妙な服を着た人は気づいたらいなかった。
蹴られてじんじんする足をかばいながら、止まない研究員の暴力をかわす。
「えっ」
攻撃をかわせた?
まさか避けることができるとは思っておらず、そんなことに気づいた自分に驚きながら、冷静に研究員の動きを見ると思ったより動きが遅い。
ウサギと比べたらそれほど早くない。
次々と研究員の攻撃をかわすぼくに嫌気がさしたのか、彼は盛大に舌打ちをしたあと、この牢屋から出て行き、錠をかけた。
足音がしなくなって、ようやく体の力が抜けた。
カビ臭くて湿った空気がまとわりつく。
は〜〜どっこいしょ、とキララが大きくため息をつき、ぼくと少し離れたところで腰を下ろす。
とんだ災難だったわね、とぼくに言った。
長い間、その大画面を見ていたように思う。
「大丈夫?」
キララに声をかけられて、瞬きを数回する。
どこを見てもそこは、大画面で見ていた景色だった。
自分の意思で映る世界が変わっていく。
目を右に動かせばその景色が、左に動かせば左に映る景色が見える。
周りにはウサギだったもの、目に見えて弱っているウサギが数匹。
服には灰色の粉がたくさんついている。
まるでその粉を上から大量にかぶったような量だった。
「あんたほんとに大丈夫?」
キララがぼくにのぞきこんで、訝しげにぼくを見ている。
「だいじょう、ぶ」
これを彼がやったのか。
信じられない光景に瞬きしていると、「このウサギ持って帰るわよ」とキララに促される。
こんなに重そうなものなんて持てないと思いながらキララのように見様見真似でウサギを持つと、あの重そうな巨体がすんなり浮いた。
そんなことある?
ウサギをはじめて触った感覚は暖かく、ぼくたちと変わらない動物なのだと知った。
どうしてウサギを軽々と持ち上げられたのか、分からないままキララに続いて施設へ戻る。
キララはこうすることが初めてではないようで、慣れた様子で前回通った施設の入り口ではないところへ足を進め、大きな檻の中へ持ってきたウサギを入れた。
着ていた白い服はウサギの血で汚れ、ぼくたちが通った道に足跡のように残していた。
ちょうど近くを綺麗にしていた清掃員に、キララはこれから床がまた汚れることを伝えて、また来た道を戻り、ウサギを担ぐ。
それを3回ほど繰り返して、弱々しく生きているウサギを全て檻の中へ入れ、キララがその辺にいた研究員に声をかける。
ザクロの部屋にいたキララにおちょくられていた人だった。
げ、という声を飲み込んだが、表情に出てしまったキララに研究員が詰め寄る。
「誰かと思えば昨日の出来損ないか」
上から見下す彼は鼻の下がなぜか伸びていて、とてもブサイクだった。
「いちいちうるさいわね。ご希望通りウサギを取ってきたからありがたく思いなさいよ」
彼女はそれ以上何も言わず、ぼくたちが持って帰ったウサギを見て研究員は、なんだこのウサギは!弱っているじゃないか!だの、この役立たず!だの、これじゃゴミを持って帰ってきただけじゃないか!などの暴言を吐く。
それを彼女は無視していた。
それでも自分たちに言われている言葉はぼくの心に爪を立て、引っ掻き、えぐり、あわよくば中身を取り出そうとしている。
引っ掻いたその爪の先から黒い液体が溢れ出る。
次第にそれはぼくが見ている世界を覆った。
気づくと、ぼくはまた例の黒い世界の中で、今まで見ていた世界が上映されている大画面に向かって正座をしていた。
キララの制止する声をよそに、ぼくは自分の手で研究員の目を狙って指を突き立てようともがく。
キララはそんなぼくを羽交い締めにして、結局ぼくは研究員の頬をひっかくことしかできなかった。
「ダメよ!こんな安い挑発に乗っちゃダメよ!」
彼女が怒鳴る。
彼女の手の中にいるぼくはどうにかしてここを脱出しようと手足を振り回している。
意味をなさない抗議の声がする。
「感情的になるのは良くないわ。もっと状況を見なさい。自分が起こす行動のその先を考えなさい」
手足を拘束する彼女の顔がすぐそばにある。
眉間にしわを寄せたまま、研究員の動向を見ていた。
研究員が、よくも顔に傷をつけたな!と激昂する。
勢いよく白い柱についている赤い丸い突起物を押すと警戒音が鳴り響き、前方と後方から数人の足音がこちらに向かってきていた。
キララが小さく舌打ちをした。
「いい?これから来る奴らに飛びかかってはダメよ。今のあなたには勝てっこないわ。あいつらはアタシたちを殺す力を持っているんだから」
後方の扉が開いて、奇妙な衣装に身を包んだ人間がのそのそとぼくたちを囲む。
前方からもその奇妙な服を着た人たちが来て、合計で4人、ぼくたちを囲んだ。
研究員がその奇妙な人に向かって、あいつらがこの傷をつけたんだ!と大声で叫んでいる。
大の男が情けなく大きな声をあげ、助けを乞うその姿はいささか滑稽に映る。
「アンタたちもあんなグズに呼ばれて大変ね」
キララが奇妙な人に声をかけ、声をかけられた人は、黙れと彼女を一喝し、あらやだ怖いと彼女はこぼした。
その後、ぼくたちは牢屋に入れられ、一緒についてきた大声で泣き叫んでいた研究員から殴られ、蹴られながら牢屋の奥へと足を進ませた。
奇妙な服を着た人は気づいたらいなかった。
蹴られてじんじんする足をかばいながら、止まない研究員の暴力をかわす。
「えっ」
攻撃をかわせた?
まさか避けることができるとは思っておらず、そんなことに気づいた自分に驚きながら、冷静に研究員の動きを見ると思ったより動きが遅い。
ウサギと比べたらそれほど早くない。
次々と研究員の攻撃をかわすぼくに嫌気がさしたのか、彼は盛大に舌打ちをしたあと、この牢屋から出て行き、錠をかけた。
足音がしなくなって、ようやく体の力が抜けた。
カビ臭くて湿った空気がまとわりつく。
は〜〜どっこいしょ、とキララが大きくため息をつき、ぼくと少し離れたところで腰を下ろす。
とんだ災難だったわね、とぼくに言った。