奴隷戦士
*
そこは真っ黒な場所で、ああ、また大画面があるところかと思ったところで、そこはぼくが思っていた場所じゃないと気づいた。
目の前から誰かが歩いてきている音がする。
ペタペタと裸足で板張りの廊下を歩く音。
「こうやって会うのは初めてだな。紐紫郎」
彼はぼくと瓜二つの顔をした人だった。
それでも、ぼくと全く一緒ではなくて、彼は意地悪そうに口角をあげて、まるで嘲笑するような目を向けている。
「きみ、は…だれ…?」
自分ではないのに自分のように感じる彼を目一杯見開いて、信じられないほど見つめて、それでもやっぱり自分自身なんじゃないかという気がしてならない。
「俺はお前だ。お前の中の残虐さ。俺がやってやったんだよ、お前がはっきりしないから」
衝撃的な言葉に、喉から小さく音がこぼれた。
ぼくの中の残虐さ。
ぼくがはっきりしないから彼がやった。
何を?
頭の中で彼の言葉がぐるぐると回っては、音として処理するのに、言葉の意味としては処理しようとしない。
彼は一体何を言っているんだ。
「ここに来た時、ジルとクルトたちと妙な部屋に入れられて、割れた試験管をザクロの目に突き刺したのはお前が自分でやったと思うか?」
檻の馬車で一緒に乗っていた子たちがその透明な容器に入っている液体を飲むと、手がちぎれてしまったり、自分の喉に手を当てたまま動かなくなってしまった時の、情景が脳裏にべったりと貼り付けられる。
その時の悲鳴や叫び声、泣き声が再生した。
『お友達は飲んだが?』
ザクロのくつくつと笑う声、握られた彼の手の中に反射して鈍く光る刃物が見えた。
飲まなければどうなるかはわかっていた。
意を決してその液体を飲んで、それでもザクロをせめて道連れにと、割れて凶器へと変わったその容器を彼の目へと突き立てた。
「あれは…君がやったの……?」
手汗が尋常じゃないほど出ていた。
自分の力で踏ん張っていられない。少しの風でも吹いていたら、そのまま自分が吹き飛ばされてしまいそうなほど、力が入らない。
頭がぐわんぐわんと揺れる。
真っ黒な世界なのに、彼のことが見える不思議さなんて、とうの前に捨てていた。
「花を楽にしてやったのも、お前が自分でやったと思うか。お前ができると思うか」
息がしにくい。
目から涙が出て行く。
とうとうぼくは立っていられず、そのまま足から崩れ落ちた。
短い息が口から出て行く。
あのとき、ぼくはなにを。
いや、なにも?
「あのとき、ああするしか手はなかった」
彼が膝をついたぼくに寄った。
背丈は同じはずなのに、彼のほうが少し大きく感じる。
彼はぼくの後頭部に手を回し、自分の胸にぼくの頭を寄せ、小さくつぶやく。
「花は俺たちに助けを求めてた」
「それでも、ぼくは…」
ぼくは、花に。
いや、花と、一緒に。
「俺だって花に生きてて欲しかったし、叶うのなら一緒に生きたい」
その言葉の先を彼に言われて、思っていることも全く同じで。
「どうして、君が」
顔を上げると、ぼくと同じ顔をした彼が眉根を下げていた。
その瞳には悲しみと憂いを帯びていた。
本当に、君は。
ずる、彼の襟元を握っていた手が彼の太ももに落ちた。
彼を見上げていた頭もがくんと垂れた。
再び、彼の手がぼくの後頭部に回る。
「紐紫郎。しばらく眠ってろ。お前が嫌なことは全部俺がやる。そのための、俺だ」
眠たくもないのに瞼が重い。
さっきまでたくさんいろんなことが頭の中を駆け巡っていたのに、それも雲散してしまった。
なにを、考えていたんだっけ。
不意に、名を呼ばれる。
「お前は、優しすぎる。お前が壊れる前に、俺がどうにかする」
まるで、水中の中に潜ったかのように声がくぐもっていく。
あぁ、彼が何かを言っているが、聞き取れない。
深く、深く、奥底へ沈んでいく。
とぷん。
水面に水滴が落ちて、波を打った。
そこは真っ黒な場所で、ああ、また大画面があるところかと思ったところで、そこはぼくが思っていた場所じゃないと気づいた。
目の前から誰かが歩いてきている音がする。
ペタペタと裸足で板張りの廊下を歩く音。
「こうやって会うのは初めてだな。紐紫郎」
彼はぼくと瓜二つの顔をした人だった。
それでも、ぼくと全く一緒ではなくて、彼は意地悪そうに口角をあげて、まるで嘲笑するような目を向けている。
「きみ、は…だれ…?」
自分ではないのに自分のように感じる彼を目一杯見開いて、信じられないほど見つめて、それでもやっぱり自分自身なんじゃないかという気がしてならない。
「俺はお前だ。お前の中の残虐さ。俺がやってやったんだよ、お前がはっきりしないから」
衝撃的な言葉に、喉から小さく音がこぼれた。
ぼくの中の残虐さ。
ぼくがはっきりしないから彼がやった。
何を?
頭の中で彼の言葉がぐるぐると回っては、音として処理するのに、言葉の意味としては処理しようとしない。
彼は一体何を言っているんだ。
「ここに来た時、ジルとクルトたちと妙な部屋に入れられて、割れた試験管をザクロの目に突き刺したのはお前が自分でやったと思うか?」
檻の馬車で一緒に乗っていた子たちがその透明な容器に入っている液体を飲むと、手がちぎれてしまったり、自分の喉に手を当てたまま動かなくなってしまった時の、情景が脳裏にべったりと貼り付けられる。
その時の悲鳴や叫び声、泣き声が再生した。
『お友達は飲んだが?』
ザクロのくつくつと笑う声、握られた彼の手の中に反射して鈍く光る刃物が見えた。
飲まなければどうなるかはわかっていた。
意を決してその液体を飲んで、それでもザクロをせめて道連れにと、割れて凶器へと変わったその容器を彼の目へと突き立てた。
「あれは…君がやったの……?」
手汗が尋常じゃないほど出ていた。
自分の力で踏ん張っていられない。少しの風でも吹いていたら、そのまま自分が吹き飛ばされてしまいそうなほど、力が入らない。
頭がぐわんぐわんと揺れる。
真っ黒な世界なのに、彼のことが見える不思議さなんて、とうの前に捨てていた。
「花を楽にしてやったのも、お前が自分でやったと思うか。お前ができると思うか」
息がしにくい。
目から涙が出て行く。
とうとうぼくは立っていられず、そのまま足から崩れ落ちた。
短い息が口から出て行く。
あのとき、ぼくはなにを。
いや、なにも?
「あのとき、ああするしか手はなかった」
彼が膝をついたぼくに寄った。
背丈は同じはずなのに、彼のほうが少し大きく感じる。
彼はぼくの後頭部に手を回し、自分の胸にぼくの頭を寄せ、小さくつぶやく。
「花は俺たちに助けを求めてた」
「それでも、ぼくは…」
ぼくは、花に。
いや、花と、一緒に。
「俺だって花に生きてて欲しかったし、叶うのなら一緒に生きたい」
その言葉の先を彼に言われて、思っていることも全く同じで。
「どうして、君が」
顔を上げると、ぼくと同じ顔をした彼が眉根を下げていた。
その瞳には悲しみと憂いを帯びていた。
本当に、君は。
ずる、彼の襟元を握っていた手が彼の太ももに落ちた。
彼を見上げていた頭もがくんと垂れた。
再び、彼の手がぼくの後頭部に回る。
「紐紫郎。しばらく眠ってろ。お前が嫌なことは全部俺がやる。そのための、俺だ」
眠たくもないのに瞼が重い。
さっきまでたくさんいろんなことが頭の中を駆け巡っていたのに、それも雲散してしまった。
なにを、考えていたんだっけ。
不意に、名を呼ばれる。
「お前は、優しすぎる。お前が壊れる前に、俺がどうにかする」
まるで、水中の中に潜ったかのように声がくぐもっていく。
あぁ、彼が何かを言っているが、聞き取れない。
深く、深く、奥底へ沈んでいく。
とぷん。
水面に水滴が落ちて、波を打った。