ビロードの口づけ 獣の森編
蜜月・満月・結月
(1)
「きゃっ!」
鼻の頭をペロリと舐められ、クルミは悲鳴と共に目を覚ました。
目の前ではご機嫌な様子の黒い獣が、グルグルとのどを鳴らしている。
目が合った獣は、もう一度ペロリと今度はクルミの口元を舐めた。
ゆうべ遅く、屋敷のみんなに見送られて、クルミは獣の森に連れて来られた。
意外にも森の中には石畳の道が整備されていた。
下草は刈り取られ、木々の間には所々に石造りの小さな家もある。
ジンがいつか話してくれたように、家を建てて住んでいる獣もいるようだ。
灯りが点いている家もあった。
そしてクルミにはよく見えない、そこかしこの物陰から、いくつもの気配や視線を痛いほど感じた。
獣の森に侵入した人間が珍しいのか、あるいは獣王が選んだ最高の女に興味があるのか。
どちらにせよ、ここでのクルミは異質な存在に違いない。
ジンはクルミを背に乗せたまま、森の奥へ石畳の道を悠々と進んでいく。
やがて道は森の奥深くで、高くそびえる石造りの壁に突き当たった。
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