ビロードの口づけ 獣の森編
城の庭には誰もいない。
ここに来るまでに感じていた気配や視線も消えている。
傾きかけた月明かりの下、静かな夜が横たわっていた。
まさかこの大きな城にひとりで住んでいるのだろうか、と少し不安になってきた時、城の入り口にたどり着いた。
触れてもいないし、声もかけてはいない。
なのにどうして分かったのか、重厚な木製の扉が音もなく内側に開く。
扉の影から現れた初老の男性が、恭しく頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
白髪混じりの短い黒髪を後ろになでつけ、グレーの三つ揃いスーツを着ている。
おそらく執事だろう。
そして、この人も本性は獣なのだろう。
彼の他には、城内に誰もいない。
ジンは彼にねぎらいの言葉をかけ、クルミを抱えたまま石造りの階段を二階へ上がった。