ビロードの口づけ 獣の森編
ふと気配を感じて振り返る。
いつもの事ながら、音もなく部屋に入ってきた黒い獣がそこにいた。
クルミは微笑んで手を差し出す。
獣は小走りに歩み寄ってその手をペロリと舐めた。
そしてクルミの腰に額をすりつける。
グルグルとのどを鳴らす獣の頭を撫でながら窓の外を眺めていると、不意に手の平からスルリと獣の気配が消えた。
手元に視線を向けた時、背中から抱きしめられた。
目の前にある腕には黒い毛並みが残っている。
半分だけ人型になっているようだ。
「結月が終われば外に出られる。それまで、もうしばらく我慢しろ」
そう言ってジンはクルミのこめかみに口づけた。
どうやらクルミが外に出たがっていると思っているらしい。
確かに外には出てみたい。
ようやく外に出られるようになったのに、またしても閉じこもる羽目になるとは思ってもみなかった。
けれど少し怖くもある。