続・結婚白書Ⅱ 【手のひらの幸せ】
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まだ暗いうちにマンションを出発し 対向車のほとんどいない海岸線をひた走る
助手席には 釣り人になりきった円華が楽しそうな顔をして座っており
真夜中に起きだして作ったという朝食と昼食の入ったバスケットが
後部座席でガタガタいっていた
「本当に一緒に釣る気?」
「そうよ! だからこうして服も揃えたんじゃない
いっぱい釣って今夜のおかずにするの」
「ヤル気満々だねぇ 最初っから大漁を狙うところが円華らしいや」
「いいじゃない 目標はでっかくよ!」
顔なじみの釣具屋に寄ると 店の主人が よっ 久しぶりだねぇ と
顔を崩して迎えてくれた
彼女も釣りたいそうだからと相談すると 最近釣りブームで
女性客が増えたんだと嬉しそうに言い
おっ?お二人さん 結婚したのか? よしっ! 今日は半額だよ
こう言って円華に見合う道具を格安で貸してくれた
結婚前に中古の釣り船を購入していたが なかなか海に来る時間が取れず
預けたままになっていた船を受け取り 薄暗い海へと漕ぎ出した
「う~ん この匂い久しぶり 潮風って気持ちいいね」
「気分が悪くなったらすぐに言ってくれよ 絶対我慢しないように」
「はいはい わかってます でも大丈夫だと思う
海の空気を吸ったら それだけで健康になりそう」
円華を初めて海に連れてきた日を思い出した
心配そうに船に乗ったが 海の空気が美味しいと 何度も何度も深呼吸しては
気持ちいいと連呼した
会社では真面目で少しガードの固い彼女が 海の上では気持ちが開放されるのか
海に来るたびに 柔らかい笑顔になっていくのが嬉しかった
会社の同僚の誰も知らない 俺だけが知っている顔を見せてくれる
歳の差なんて 全くと言っていいほど気にしなかったし 気にもならなかった
いま あの頃と同じ顔が すぐそこにあった