続・結婚白書Ⅱ 【手のひらの幸せ】
昔 付き合っていた相手との会話は とてもぎこちなかった
盗み聞きしているようで居心地の悪さを感じながらも
俺はその場を立ち去ることができなかった
「子供はいない……いろいろあってね 妻とは離れて暮らしている」
「そうだったの……」
「あの時 広川が俺のところに来てくれてたら
違う人生があったかなぁって思うことがあるよ」
「急にどうしたの? そうね 違ってたかも……でも若林さんが私に聞いたのよ
転勤になった 一緒に行く気があるか?
俺と結婚するつもりがあるのかって そうでしょう?」
「そうだよ そう言ったよ
だけどそれは広川に無理強いさせたくなかったから」
「私にはそう思えなかった
どうして一緒に来てくれって言ってくれないのかって
私になぜ決めさせるのかってね
若林さんっていっつもそう 結構強引なのに肝心なところで大事なことを言わないの
無理させたくなかった? そうじゃないでしょう?
私との事 踏み切れなかったんじゃない」
「……」
「返す言葉もないのね 私 言いたいことをやっと若林さんに言えた
5年前は言えなかったけど」
円華の言葉に詰まったのか 若林さんの沈黙が続く
俺は息を潜めて成り行きを見守った
「ふぅ……広川の言う通りだな 肝心なところで大事なことを言わないかぁ
当たってるだけにきついな」
「ねぇ しっかりしてよ 昔を懐かしんでいる場合じゃないでしょう?
若林さんが奥様とどうするつもりかわからないけど
私は目の前のことで精一杯なの」
「……広川 強くなったな」
「いろんな思いをさせてもらったもの 強くもなるわ」
「参ったね……」
交わされる会話は すれ違った過去のまま 二人の間は平行線だった
若林さんの声を最後に 二人の会話は途切れ ほどなくカツカツと
ヒールの音が遠ざかっていく
”私は 要に ちゃーんとプロポーズしてもらったもん あー良かったぁ”
円華がこの前言った言葉
なるほどねぇ そういうことだったのか……
海岸でのプロポーズ
照れくさくて円華の顔を見れなかったっけ
だけど 言いたいことは全部言ったし 円華の返事もすぐに返ってきたよなぁ
ってことは 俺は円華に選ばれたのか?
ははっ そんなことどうでもいいや
そうかそうか 円華にとって アイツじゃなくて俺の方が良かったってことだ
大事なことは口にしなきゃわからないんだよ
胸の奥がくすぐったくなって 口元が緩むのを抑えられなかった
少し足を進めると 円華の背をじっと見送る若林さんの背中が目に入った
いつも自信ありげで堂々としてて すべてにおいて抜かりない仕事の出来る男が
少しだけ小さく見えた