続・結婚白書Ⅱ 【手のひらの幸せ】
帰宅したとき出迎えてくれた円華の顔は いつもと同じ顔だった
今日は早かったのねと言いながら 台所に向かい料理の続きを始めている
台所に立つ円華の背中が愛おしくて 「今夜は何?」 と聞きながら
後ろから抱きしめた
「きゃっ ビックリするじゃない」
「スキンシップだよ スキンシップ」
「はいはい わかったから離れて離れて 甘えるならあとでね いま忙しいの
サラダができたらすぐにご飯にするから その前にお風呂に入ってきて」
女房の呆れた声に満足して手を離した
今日はシチューを作ったの そろそろ温かいものが恋しいわねと
普段と変わりない会話が交わされ
せかされるように浴室に向かった
「男の人って 昔のことを思い出したりするの?」
「昔って 例えば?」
秋も深まり 室内の温度もそう高くはないのに 露になった背中に汗を滲ませ
うつぶせのまま枕に顔を乗せ 世間話をするように俺に円華が問いかける
「付き合ってた人と別れたのに あのまま付き合ってたら
どうなっただろうとかって 要も思うことあるの?」
「うーん……正直に言うと ないとは言いきれないなぁ 考えないでもない」
「そう……女にはないわね そんな心境」
「だけど 思ってもそのときだけ 感傷に浸っておしまい」
「感傷に浸ることもないかも 過ぎたことなんて考えても仕方ないじゃない
今が大事なのに」
はぐらかしたり ごまかしたり そんな答え方をしてはいけないと思い
正直に答えた
突然の問いにドキリとしたが 俺の答えを聞いて驚くでもなく
ふぅ~ん 男ってそうなんだと 自分に言い聞かせるようにつぶやいた
女房の背をもう一度腕に抱え込み
今が大事だと言い切った口を ゆっくりと包みこんだ
早めに起きたのか すでに身支度を整え 晴れやかな顔で俺を起こしてくれた
「今日は秋晴れね 夕方から寒くなりそうよ
厚手のジャケットを出しといたわよ」
着替える背中に いつもと変わらぬ声がかかる
鏡の中で見つけた 胸についた紅い印に 昨夜の妖艶な女房の顔を思い出し
俺はニンマリと顔を緩めた