HAPPY CLOVER 3-夏休みの魔物-
#01 彼のカノジョは私です。(side舞)
人生にはいくつかの衝撃的瞬間がある。
私のまだそれほど長いとも言えない人生の中にも既にいくつか、忘れたくても忘れられない瞬間というのはあって、折に触れて思い出し、その衝撃を胸に刻みつけてきた。
それにしても、だ。
目の中にレンズを入れてしまうという、無茶苦茶な視力矯正方法を編み出したのは一体誰なんだろう。確かに眼鏡はフレームがずれるし、視界全部をカバーしてくれないから不便な部分もある。でもコンタクトレンズに比べればはるかに眼球そのものには優しい道具だ。
私は今、このふにゃふにゃのレンズを人差し指に乗せ、鏡の前で躊躇していた。
隣では母が心配そうに私の横顔を見つめている。早くやらなければと思うが、やはり目の中にモノを入れるのが怖い。ものすごく怖いのだ。
私がためらっているのを見かねたのか、優しそうな若い女性店員が装着してくれることになった。
彼女は手馴れたもので、私の目の下をグッと押し下げ、あっという間にレンズを眼球に貼り付けた。その素早さに私は感動する。
コンタクトレンズ入りの両目で自分の顔をまじまじと見つめた。当然だが店内は明るく光に満ち溢れた空間だ。それなのに鏡の前には更にライトがついている。
――わ、私って、こんな顔だった!?
勿論、毎日自分の顔は鏡で見ているのだが、ここまで肌のきめがはっきりと見えるのは久しぶりだった。裸眼だと鏡に激突するくらい近づかないと、肌の表面なんか見えないのだ。
「ずいぶん明るい感じになったわ」
一緒に鏡を覗き込む母の顔も嬉しそうで、私もわがままを言ってよかったと思う。
その後、コンタクトレンズを装用したままケータイを買いに行った。清水くんと一緒に見に行ったあのYデンキだ。
優柔不断な私なのでしばらく迷い、結局清水くんがかわいいと言ったピンクのケータイに決める。私にピンクは似合わないのはよくわかっているが、他のどれもがピンと来なかったのだ。
ついにコンタクトレンズとケータイの同時デビューを果たし、私はずいぶん普通の女子高生に近づいた気がしていた。
「どう? 眼鏡より楽でしょ」
T市の駅前通りを歩きながら母が話しかけてきた。
「うん」
眼鏡とは違って視界を遮るものがないのが、逆に不安なくらいだ。
しかし、私の胸中にはもっと別の、深刻な不安が渦巻いている。
「でも、さっきからみんなが私を見ている気がして……なんか怖い!」
実はコンタクトレンズ店を出てから、すれ違う人全員と目が合う気がして、自分の顔に何かついているのではないかと心配になっていた。
「ずいぶん自意識過剰なのね。大丈夫、誰もアンタを見てない」
母はまともに取り合ってくれなかったが、私は急に全世界の注目を浴びてしまったかのような錯覚さえ起こしている。タレントの皆さんはさぞかし大変な毎日だろうな、と勘違いもいいところの同情さえするほどに。
――眼鏡が合っていなかったのか。
まだバカにしたように笑っている母の隣で、私は突然クリアになった世界を新鮮に思いながら眺めた。
――だから、一番後ろの席になって黒板が見えなかったんだ。
先生の字が小さいのではなく、私の目が悪くなっていたのだ。それで清水くんに板書を読んでもらうようになって、それで……。
席替えをしてから起こった様々な事件を思い出しながら、これから始まる夏休みを小学生みたいな無邪気さで待ち焦がれていた。
私のまだそれほど長いとも言えない人生の中にも既にいくつか、忘れたくても忘れられない瞬間というのはあって、折に触れて思い出し、その衝撃を胸に刻みつけてきた。
それにしても、だ。
目の中にレンズを入れてしまうという、無茶苦茶な視力矯正方法を編み出したのは一体誰なんだろう。確かに眼鏡はフレームがずれるし、視界全部をカバーしてくれないから不便な部分もある。でもコンタクトレンズに比べればはるかに眼球そのものには優しい道具だ。
私は今、このふにゃふにゃのレンズを人差し指に乗せ、鏡の前で躊躇していた。
隣では母が心配そうに私の横顔を見つめている。早くやらなければと思うが、やはり目の中にモノを入れるのが怖い。ものすごく怖いのだ。
私がためらっているのを見かねたのか、優しそうな若い女性店員が装着してくれることになった。
彼女は手馴れたもので、私の目の下をグッと押し下げ、あっという間にレンズを眼球に貼り付けた。その素早さに私は感動する。
コンタクトレンズ入りの両目で自分の顔をまじまじと見つめた。当然だが店内は明るく光に満ち溢れた空間だ。それなのに鏡の前には更にライトがついている。
――わ、私って、こんな顔だった!?
勿論、毎日自分の顔は鏡で見ているのだが、ここまで肌のきめがはっきりと見えるのは久しぶりだった。裸眼だと鏡に激突するくらい近づかないと、肌の表面なんか見えないのだ。
「ずいぶん明るい感じになったわ」
一緒に鏡を覗き込む母の顔も嬉しそうで、私もわがままを言ってよかったと思う。
その後、コンタクトレンズを装用したままケータイを買いに行った。清水くんと一緒に見に行ったあのYデンキだ。
優柔不断な私なのでしばらく迷い、結局清水くんがかわいいと言ったピンクのケータイに決める。私にピンクは似合わないのはよくわかっているが、他のどれもがピンと来なかったのだ。
ついにコンタクトレンズとケータイの同時デビューを果たし、私はずいぶん普通の女子高生に近づいた気がしていた。
「どう? 眼鏡より楽でしょ」
T市の駅前通りを歩きながら母が話しかけてきた。
「うん」
眼鏡とは違って視界を遮るものがないのが、逆に不安なくらいだ。
しかし、私の胸中にはもっと別の、深刻な不安が渦巻いている。
「でも、さっきからみんなが私を見ている気がして……なんか怖い!」
実はコンタクトレンズ店を出てから、すれ違う人全員と目が合う気がして、自分の顔に何かついているのではないかと心配になっていた。
「ずいぶん自意識過剰なのね。大丈夫、誰もアンタを見てない」
母はまともに取り合ってくれなかったが、私は急に全世界の注目を浴びてしまったかのような錯覚さえ起こしている。タレントの皆さんはさぞかし大変な毎日だろうな、と勘違いもいいところの同情さえするほどに。
――眼鏡が合っていなかったのか。
まだバカにしたように笑っている母の隣で、私は突然クリアになった世界を新鮮に思いながら眺めた。
――だから、一番後ろの席になって黒板が見えなかったんだ。
先生の字が小さいのではなく、私の目が悪くなっていたのだ。それで清水くんに板書を読んでもらうようになって、それで……。
席替えをしてから起こった様々な事件を思い出しながら、これから始まる夏休みを小学生みたいな無邪気さで待ち焦がれていた。