HAPPY CLOVER 3-夏休みの魔物-
ほんの一瞬だけパンをかじることを忘れて、私はあっけに取られていた。だが、すぐに平然と食事に専念するふりを努めた。頭の中のどこかが麻痺して脳の思考回路が働いていないのだが、自分でもどうにもできないのだ。
「医学部に決めたわけじゃない。それに俺がどこの大学を受験しようと、お前には関係ないって」
「それはそうかもしれないけど、気になるじゃない。ライバルとしては」
「いつから俺とお前がライバルになったんだよ」
「ていうか、どうしてS市の高校に進まなかったのよ!?」
――ホント、そうだよね。
かねてから疑問に思っていたことをユウが口にしたので、私の脳は少しだけやる気を出したようだ。
清水くんは相変わらずサンドイッチを食べる手を止めず、咀嚼する合間に面倒そうに答える。
「朝、早起きしたくないから」
――そんな理由ですか……。
ユウも私と同じように思ったのか、少し口を尖らせてため息をついた。
「ね、高橋さんからも言ってよ。もっと上を狙える成績なんだから、挑戦しなさいって!」
私はきょとんとしてユウを見返した。どうして私がそんなことを言わなければならないのだろう?
「挑戦?」
「だってはるくんが本気になれば最難関の大学だって狙えるのに、どうして迷うことなんかあるわけ?」
狭い店内で熱く語るユウの姿を見て、案外彼女は熱血だったのだな、と変な感慨に浸っていた。しかも彼女も医学部を目指しているというのが、正直に言うと私にとっては相当な衝撃的事実だった。
そもそも、最初に出会ったときの喋り方と、今ここで進路がどうこうと話しているユウの口調はほとんど別人だ。彼女は一体どういう人なんだ、と私の頭の中で混乱が起こっている。
清水くんの進路のことだけでも混乱しているというのに、ここまでくると脳がパンクしそうだった。
「市村は将来医者になりたいんだろ。だったら医学部を目指せばいい。俺はまだ将来の具体的な目標が定まってないんだよ。それなのに簡単にどこを目指すかなんて決められないだろ」
冷静で真っ当な答えがサンドイッチを食べ終えた清水くんの口から出た。思わず私は頷いてしまう。そしてその回答にホッとしていた。
――なーんだ、やっぱりまだ決まってなかったんだ。
彼女のクセに彼氏の志望大学を知らないという恥ずかしい事態は何とか免れたので、ユウとランチを共にしたことは大正解だったな、と自分の判断を自画自賛する。
「高橋さん! それで満足なの!?」
「へ?」
急にユウは私に噛み付いてきた。慌てた私は残り少ないサンドイッチをトレーの上に落としてしまった。清水くんが隣で「あーあ」と呆れた声を上げる。
ユウは何かのスイッチが入ってしまったらしく、私と清水くんが空中分解したサンドイッチの残骸を処理している間も熱弁をふるう。
「彼氏が自分と一緒の大学に行きたいというだけでわざわざ志望大のランクを下げるなんて……私ならそんなの全然嬉しくないけどっ!」
「つーか、お前に彼氏いたことあるのかよ?」
「うるさいっ! 私は高橋さんに聞いてるのよ」
二人のやりとりが可笑しくて、失笑しそうになるのを懸命にこらえながら、私は質問の答えを考えた。
「もしそんな理由でランクを下げるなら失望するかもしれないけど、清水くんはそうは言ってないし、……それに自分の進路は自分にしか決められないから」
急にテーブルが静かになって、私は変なことを言ってしまったのかとドキドキする。誰かが何か言ってくれないと間が持たないのだが、誰も何も言わない。
ユウは少し考えるように宙を睨んでいたが、急にサンドイッチにかぶりついた。やけくそになったかのような豪快な食べっぷりだ。
そして食べ終わると紙ナプキンで口を拭いて、言った。
「私、いいこと思いついた」
私はユウの顔を見てギョッとした。先ほど予備校のトイレで見た満面の作り笑いが目の前に再現されたからだ。
「どうせお前のいいことは最悪のことだろ」
小声で清水くんが突っ込む。その声を無視してユウは続けた。
「この際、高橋さんも医学部を目指そうよ!」
「……はい!?」
私の頭の中はまたパニックになり、軽い眩暈のようなものまで感じた。ユウという人は一体何を考えているのか、全く理解不能だ。
「市村。舞の名言を聞いてなかったのか?」
清水くんが立ち上がってユウを見下ろした。
「お前、頭はいいんだから、他人のことにあれこれ口出しするより、自分のことをもっとよく考えたほうがいいぞ」
そう言うと私の腕を引っ張って、清水くんはファストフード店を後にした。
振り返ると店内に残されたユウの姿が小さく見えて、ほんの少し胸が痛む。
「医学部に決めたわけじゃない。それに俺がどこの大学を受験しようと、お前には関係ないって」
「それはそうかもしれないけど、気になるじゃない。ライバルとしては」
「いつから俺とお前がライバルになったんだよ」
「ていうか、どうしてS市の高校に進まなかったのよ!?」
――ホント、そうだよね。
かねてから疑問に思っていたことをユウが口にしたので、私の脳は少しだけやる気を出したようだ。
清水くんは相変わらずサンドイッチを食べる手を止めず、咀嚼する合間に面倒そうに答える。
「朝、早起きしたくないから」
――そんな理由ですか……。
ユウも私と同じように思ったのか、少し口を尖らせてため息をついた。
「ね、高橋さんからも言ってよ。もっと上を狙える成績なんだから、挑戦しなさいって!」
私はきょとんとしてユウを見返した。どうして私がそんなことを言わなければならないのだろう?
「挑戦?」
「だってはるくんが本気になれば最難関の大学だって狙えるのに、どうして迷うことなんかあるわけ?」
狭い店内で熱く語るユウの姿を見て、案外彼女は熱血だったのだな、と変な感慨に浸っていた。しかも彼女も医学部を目指しているというのが、正直に言うと私にとっては相当な衝撃的事実だった。
そもそも、最初に出会ったときの喋り方と、今ここで進路がどうこうと話しているユウの口調はほとんど別人だ。彼女は一体どういう人なんだ、と私の頭の中で混乱が起こっている。
清水くんの進路のことだけでも混乱しているというのに、ここまでくると脳がパンクしそうだった。
「市村は将来医者になりたいんだろ。だったら医学部を目指せばいい。俺はまだ将来の具体的な目標が定まってないんだよ。それなのに簡単にどこを目指すかなんて決められないだろ」
冷静で真っ当な答えがサンドイッチを食べ終えた清水くんの口から出た。思わず私は頷いてしまう。そしてその回答にホッとしていた。
――なーんだ、やっぱりまだ決まってなかったんだ。
彼女のクセに彼氏の志望大学を知らないという恥ずかしい事態は何とか免れたので、ユウとランチを共にしたことは大正解だったな、と自分の判断を自画自賛する。
「高橋さん! それで満足なの!?」
「へ?」
急にユウは私に噛み付いてきた。慌てた私は残り少ないサンドイッチをトレーの上に落としてしまった。清水くんが隣で「あーあ」と呆れた声を上げる。
ユウは何かのスイッチが入ってしまったらしく、私と清水くんが空中分解したサンドイッチの残骸を処理している間も熱弁をふるう。
「彼氏が自分と一緒の大学に行きたいというだけでわざわざ志望大のランクを下げるなんて……私ならそんなの全然嬉しくないけどっ!」
「つーか、お前に彼氏いたことあるのかよ?」
「うるさいっ! 私は高橋さんに聞いてるのよ」
二人のやりとりが可笑しくて、失笑しそうになるのを懸命にこらえながら、私は質問の答えを考えた。
「もしそんな理由でランクを下げるなら失望するかもしれないけど、清水くんはそうは言ってないし、……それに自分の進路は自分にしか決められないから」
急にテーブルが静かになって、私は変なことを言ってしまったのかとドキドキする。誰かが何か言ってくれないと間が持たないのだが、誰も何も言わない。
ユウは少し考えるように宙を睨んでいたが、急にサンドイッチにかぶりついた。やけくそになったかのような豪快な食べっぷりだ。
そして食べ終わると紙ナプキンで口を拭いて、言った。
「私、いいこと思いついた」
私はユウの顔を見てギョッとした。先ほど予備校のトイレで見た満面の作り笑いが目の前に再現されたからだ。
「どうせお前のいいことは最悪のことだろ」
小声で清水くんが突っ込む。その声を無視してユウは続けた。
「この際、高橋さんも医学部を目指そうよ!」
「……はい!?」
私の頭の中はまたパニックになり、軽い眩暈のようなものまで感じた。ユウという人は一体何を考えているのか、全く理解不能だ。
「市村。舞の名言を聞いてなかったのか?」
清水くんが立ち上がってユウを見下ろした。
「お前、頭はいいんだから、他人のことにあれこれ口出しするより、自分のことをもっとよく考えたほうがいいぞ」
そう言うと私の腕を引っ張って、清水くんはファストフード店を後にした。
振り返ると店内に残されたユウの姿が小さく見えて、ほんの少し胸が痛む。