HAPPY CLOVER 3-夏休みの魔物-
途端に舞は腰を浮かせて、「じゃ、じゃあ本屋にいるね」と逃げるようにレストランを出て行った。
その姿を名残惜しそうに眺めていた諒一は、レストランの出入り口を見たまま、つぶやくように言う。
「今日の舞を見て驚いたよ。あの子がコンタクトレンズをするなんて、舞は本当に君を好きなんだね」
――え……?
俺は空になった自分の皿を見つめていた。胸がズキッと痛む。
なんだろう、この嫌な感じは。ものすごく悪い予感がする。
諒一が俺に何を言い出そうとしているのかわからないが、とにかく胸がざわざわとして落ち着かない。
「まだ付き合って一ヶ月なら、舞のことは何も知らないんだろ?」
俺の気持ちを見透かしているのか、バカにしたような言い方だった。
「でも高校ではずっと同じクラスで……」
俺は精一杯食い下がる。そうまで言われて黙ってはいられなかったのだ。
「だけど舞は目立たない地味な暗い女の子だ。舞のほうから君のような男を好きになるとは、とても信じられない。からかっているなら、今すぐやめてくれないか」
諒一は真摯な態度で、俺を真っ直ぐに見つめる。すぐに言い返したいが、何かが喉の奥に引っかかって言葉が出てこない。
この男が舞の従兄でなければ「アンタに関係ない」と一蹴できるところだが、俺は諒一より舞のことを知らないという引け目のせいか、強い態度で反撃することができないでいた。
「君にはもっと君に合った相手がいるはずだ。軽い気持ちで舞を傷つけるのはやめてくれ」
「傷つけてなんか……」
「そうか? 舞は君のために変わろうとしている。それだけで十分舞に負担を強いているのに、君は何も気がついていない」
徐々に激しくなる諒一の口調に、俺は眉をひそめた。
「舞が変わろうとするのを、いけないことだと言うんですか?」
諒一は両肘をテーブルの上について手を組んだ。そして深いため息をつく。
「舞のことを何も知らないんだろ?」
先程と同じ言葉をまた繰り返した。
俺は迷ったが、このまま「何も知らない軽い男」と思われているのも癪だから、思い切って告白する。
「俺、小学生のとき、舞に会っているんです」
「いつ?」
諒一は急に身を乗り出した。俺は首を傾げながら少し身を引く。
「確か小学一年生。まだ眼鏡もかけていなくて……」
「舞はそのときのこと、覚えていた?」
心臓がドキッと飛び跳ねた気がした。口を開いたまま、答えに詰まる。教師に当てられても正解の見当がつかない場合、こんな気持ちになるのだろうか。
「覚えているわけがないよな」
冷酷な視線が俺に突き刺さった。
――この男は俺の知らない何かを知っている。
本能的にそう直感していた。とりあえず生ぬるい水を飲んで、乾いた喉を潤す。
「確認したことはないです。舞は覚えてなさそうだし、ぶっちゃけ俺だって何をして遊んだかなんて、ほとんど忘れているし」
諒一が俺に同情するような笑みを浮かべた。こっちは自然と目つきが鋭くなる。
「君は不思議に思わなかった? 小さい頃はもっとかわいかったのに、って」
「それは……」
――コイツ、何を知っているって言うんだ?
口ごもった俺を、諒一は憐れむような目で見つめてきた。正直なところ、喉から手が出るほどその謎の答えが知りたいと思う。
だが、俺のほうから「教えてくれ」とは口が裂けても言いたくなかった。
「だけど今の俺は、分厚い眼鏡をかけていて、目立たなくて地味な舞がいいって思ってます」
自分が軽い男に見えるのは嫌というほどわかっている。それにいくら「舞のことは本気です」と言ったところで、それを証明するものは何もない。
結局俺に言えることは、これくらいしかないのだ。それだって軽くあしらわれて終わりだろうけど。
小さくため息をついて諒一を見ると、意外にも頬杖をついて難しい顔をしていた。
「その言葉を簡単に信じるのは無理だけど、君のために無理をする舞を見るのも辛い」
「無理?」
俺は思い切り眉をひそめた。
そういえばさっきも諒一は舞が変わろうとすることに対し「負担」だと言っていた。普通、人が努力して自分を変えようとすることをそんなふうには言わないものだ。
向かいに座る男は背もたれに寄りかかって、長い足を見せびらかすように組んだ。
「自己紹介が遅くなったけど、俺は大学生で、大学では自動車事故防止システムを研究している」
「へぇ」
なぜ急にそんなことを言い出したのかわからないが、俺はとりあえず相槌を打つ。
「自動車事故は日本中、いや世界中のどこでも起こりうるのに、それを防止しようとする取り組みは不十分だと思わないか?」
「そうですね」
真面目な顔の諒一を半信半疑で見返した。言っていることはもっともだと思うが、それと舞の変化がどうこうという話との間に共通点が見出せない。
諒一は目を伏せて眉根を寄せた。苦しそうな表情だった。
その姿を名残惜しそうに眺めていた諒一は、レストランの出入り口を見たまま、つぶやくように言う。
「今日の舞を見て驚いたよ。あの子がコンタクトレンズをするなんて、舞は本当に君を好きなんだね」
――え……?
俺は空になった自分の皿を見つめていた。胸がズキッと痛む。
なんだろう、この嫌な感じは。ものすごく悪い予感がする。
諒一が俺に何を言い出そうとしているのかわからないが、とにかく胸がざわざわとして落ち着かない。
「まだ付き合って一ヶ月なら、舞のことは何も知らないんだろ?」
俺の気持ちを見透かしているのか、バカにしたような言い方だった。
「でも高校ではずっと同じクラスで……」
俺は精一杯食い下がる。そうまで言われて黙ってはいられなかったのだ。
「だけど舞は目立たない地味な暗い女の子だ。舞のほうから君のような男を好きになるとは、とても信じられない。からかっているなら、今すぐやめてくれないか」
諒一は真摯な態度で、俺を真っ直ぐに見つめる。すぐに言い返したいが、何かが喉の奥に引っかかって言葉が出てこない。
この男が舞の従兄でなければ「アンタに関係ない」と一蹴できるところだが、俺は諒一より舞のことを知らないという引け目のせいか、強い態度で反撃することができないでいた。
「君にはもっと君に合った相手がいるはずだ。軽い気持ちで舞を傷つけるのはやめてくれ」
「傷つけてなんか……」
「そうか? 舞は君のために変わろうとしている。それだけで十分舞に負担を強いているのに、君は何も気がついていない」
徐々に激しくなる諒一の口調に、俺は眉をひそめた。
「舞が変わろうとするのを、いけないことだと言うんですか?」
諒一は両肘をテーブルの上について手を組んだ。そして深いため息をつく。
「舞のことを何も知らないんだろ?」
先程と同じ言葉をまた繰り返した。
俺は迷ったが、このまま「何も知らない軽い男」と思われているのも癪だから、思い切って告白する。
「俺、小学生のとき、舞に会っているんです」
「いつ?」
諒一は急に身を乗り出した。俺は首を傾げながら少し身を引く。
「確か小学一年生。まだ眼鏡もかけていなくて……」
「舞はそのときのこと、覚えていた?」
心臓がドキッと飛び跳ねた気がした。口を開いたまま、答えに詰まる。教師に当てられても正解の見当がつかない場合、こんな気持ちになるのだろうか。
「覚えているわけがないよな」
冷酷な視線が俺に突き刺さった。
――この男は俺の知らない何かを知っている。
本能的にそう直感していた。とりあえず生ぬるい水を飲んで、乾いた喉を潤す。
「確認したことはないです。舞は覚えてなさそうだし、ぶっちゃけ俺だって何をして遊んだかなんて、ほとんど忘れているし」
諒一が俺に同情するような笑みを浮かべた。こっちは自然と目つきが鋭くなる。
「君は不思議に思わなかった? 小さい頃はもっとかわいかったのに、って」
「それは……」
――コイツ、何を知っているって言うんだ?
口ごもった俺を、諒一は憐れむような目で見つめてきた。正直なところ、喉から手が出るほどその謎の答えが知りたいと思う。
だが、俺のほうから「教えてくれ」とは口が裂けても言いたくなかった。
「だけど今の俺は、分厚い眼鏡をかけていて、目立たなくて地味な舞がいいって思ってます」
自分が軽い男に見えるのは嫌というほどわかっている。それにいくら「舞のことは本気です」と言ったところで、それを証明するものは何もない。
結局俺に言えることは、これくらいしかないのだ。それだって軽くあしらわれて終わりだろうけど。
小さくため息をついて諒一を見ると、意外にも頬杖をついて難しい顔をしていた。
「その言葉を簡単に信じるのは無理だけど、君のために無理をする舞を見るのも辛い」
「無理?」
俺は思い切り眉をひそめた。
そういえばさっきも諒一は舞が変わろうとすることに対し「負担」だと言っていた。普通、人が努力して自分を変えようとすることをそんなふうには言わないものだ。
向かいに座る男は背もたれに寄りかかって、長い足を見せびらかすように組んだ。
「自己紹介が遅くなったけど、俺は大学生で、大学では自動車事故防止システムを研究している」
「へぇ」
なぜ急にそんなことを言い出したのかわからないが、俺はとりあえず相槌を打つ。
「自動車事故は日本中、いや世界中のどこでも起こりうるのに、それを防止しようとする取り組みは不十分だと思わないか?」
「そうですね」
真面目な顔の諒一を半信半疑で見返した。言っていることはもっともだと思うが、それと舞の変化がどうこうという話との間に共通点が見出せない。
諒一は目を伏せて眉根を寄せた。苦しそうな表情だった。