HAPPY CLOVER 3-夏休みの魔物-
「諒一さんとはどういう関係?」
「へ?」
質問の意味がわからず、怪訝な表情で首を傾げたまま清水くんの顔を見返した。
「どうって……普通に従兄妹だけど」
「諒一さんが舞のことをどう思っているか、知ってる?」
「何……言ってるの?」
どんなに鈍い私でもさすがに清水くんの言いたいことは察せられた。しかしどうしてそういう話になるのだろう。
「従兄妹だから全くの他人よりは親しいかもしれないけど、それは当然じゃない?」
「当然……か」
揚げ足を取るように私の言葉をおうむ返しすると、清水くんは酷薄な笑みを口元に浮かべた。途端に背筋がぞくっとする。今まで見た中で一番冷たい笑みだった。
それでも私は勇気を奮い起こして言った。
「清水くんと英理子さんだってそうでしょ。イトコ同士で仲がいいよね? でもそれをいちいち『どういう関係』なんて訊く人はいないよ」
「そうかもしれない。実際、俺も英理子もお互いただのイトコとしか思っていないから」
フッと鼻で笑うと清水くんは私に厳しい視線をよこした。
頭ではわかっているくせに、それでも彼は私に対する疑念を捨てられないらしい。
その頑なな態度に私はだんだん腹が立ってきた。なぜ私が責められなければならないのか!?
そもそも私より、アンタの女子への対応のほうがよほど問題があると思うけど!
大きく息を吸い込むと、心に積もり積もった鬱憤を一気に吐き出した。
「そういう子どもっぽい態度、やめてくれない!?」
「はぁ!?」
清水くんの態度は更に硬化した。たぶんお互い引くに引けないところまで来てしまったのだ。
しかも妙なやり取りを続けているうちに、私たちは駅にたどり着いていた。
帰りも途中までは彼と同じ電車に乗るのだけど、今はそれが苦痛でしかない。駅の構内を無言で歩き、時間も確かめずにホームへ向かう。
隣にいるのは間違いなく私の好きな人だというのに、どうしてこんな惨めな気持ちになってしまうのだろう。
後ろに並んでいる大学生っぽい男女が楽しそうに会話をしている。
「そのドクロすごいじゃん。どこに売ってるの? 私、そういうの結構好きだな」
「マジで? 俺、言っとくけどドクロ歴長いよー」
「『ドクロ歴』って何!?」
キャハハと笑う女性の声が本当に愉快そうで、私は密かに唇を噛んだ。ドクロには興味がないけど、そんな普通の会話ができる関係が羨ましくて仕方なかったのだ。
ドクロの話題が普通の会話かどうかはわからないけど……。
でも「従兄とどういう関係?」なんてバカバカしい質問をされるよりは全然平和だ。痛くもない腹を探られる私の身にもなってくれ、と心の中で隣の男に毒づいた。
電車の中でも結局黙ったままだった。清水くんはずっとケータイを見ながら何かしている。
――女の子にメールしてるのかも。
そんなことを思う私もかなり嫌な人間だ。でもそう思ってしまうのだからどうしようもない。
私のことを彼女と言いながら、絡んでくる他の女子を拒まないのはどういう了見なのか?
自分のことを棚にあげて私を責めるなんて、ホントどうかしてる。
乗換駅で電車を降りると、ようやく清水くんが口を開いた。
「舞の電車は30分後に来るから、それまでここで待っていよう」
改札口の手前に広い待合スペースがあった。隅にはベンチもある。清水くんは当然のようにベンチへ向かった。
いかにもやる気のなさそうな動作で彼は腰を下ろした。私はベンチの前でしばし突っ立っていたが、清水くんが隣に座れと言わんばかりにポンポンとベンチを叩く。
仕方ない。私はわざと少し離れた場所に浅く腰掛けた。いつでも逃げ出せる体勢とも言う。
「今の俺ってすごく嫌なヤツだよね」
清水くんは顎を天井に向けた。
自覚があるのならどうにかしてくれ、と言いたかったが、彼の切なげな表情を見たら何も言えなくなってしまった。
「やっぱり諒一さんと比べたら、俺なんか全然ガキだし」
「さっきのはそういう意味じゃないよ」
「どういう意味でも関係ない。俺自身がそう思うって話だから」
――うーん、これは重症だ。
諒一兄ちゃんに対して異様にライバル意識を燃やしていることは間違いない。どうしてそんなことになったんだろう。訝しく思いながら私は言った。
「何を話したのか知らないけど、清水くんは誤解していると思う。諒一兄ちゃんが私のことを従妹以上に思うわけないもの」
「どうして?」
「昔、諒一兄ちゃんは私の姉が好きだったから」
「ふーん」
――あ、あれ? 「ふーん」だけ?
これはかなり強力な切り札だろうと思っていた私は内心派手にコケた。
清水くんは腕組みをして嘆息を漏らす。その挙動は私の心をひりひりさせた。
「舞は自覚が足りないよ」
「え?」
急に彼は私を見た。上から下まで眺め回す視線は普段のものと全然違う、男の目線だった。まるで裸を見られているような恥ずかしさがこみ上げてくる。
「眼鏡をしていないだけで印象が全然違う。すごくかわいいし、すごく目立つ」
「へ? だけど市村さんは私のことをダサくてかわいくないって言ってたよ」
私は身を縮めながら茶化すように言った。清水くんの視線だけで身体の内部が沸騰するように熱くなってしまい、この状況は危険だと本能が察知したのだ。
――わ、私……ど、どうしちゃったんだろう。
身を硬くしながらも、頭の片隅では前に清水くんに抱きとめられたときのことや、おでこにちゅーされたことなどがぐるぐると回っている。
――だあっ! 散れ! 散れ!
突然湧いた邪な感情を慌てて追い払う。しかし清水くんの顔を見て、私の脳内の思考は全て吹っ飛んだ。
怒ったように鋭い目をした綺麗な顔が私の眼前にあった。
――近すぎっ!
驚いて飛び退いた途端、腕をぐいと掴まれる。
「落ちるよ」
「は、はい!」
「逃げないでよ」
「は、はい!」
硬直した私は何とかベンチの端を反対の手で押さえて座り直した。しかし、この隙に清水くんが私との距離をあっさりと詰めてしまい、彼に腕をつかまれたままの私は逃げ道を失った。
「ちゃんと俺の話、聞いてくれる?」
「う、うん」
頷いたものの、いきなりベンチに密着した状態で座ることになり、心は全く落ち着く気配がない。
「へ?」
質問の意味がわからず、怪訝な表情で首を傾げたまま清水くんの顔を見返した。
「どうって……普通に従兄妹だけど」
「諒一さんが舞のことをどう思っているか、知ってる?」
「何……言ってるの?」
どんなに鈍い私でもさすがに清水くんの言いたいことは察せられた。しかしどうしてそういう話になるのだろう。
「従兄妹だから全くの他人よりは親しいかもしれないけど、それは当然じゃない?」
「当然……か」
揚げ足を取るように私の言葉をおうむ返しすると、清水くんは酷薄な笑みを口元に浮かべた。途端に背筋がぞくっとする。今まで見た中で一番冷たい笑みだった。
それでも私は勇気を奮い起こして言った。
「清水くんと英理子さんだってそうでしょ。イトコ同士で仲がいいよね? でもそれをいちいち『どういう関係』なんて訊く人はいないよ」
「そうかもしれない。実際、俺も英理子もお互いただのイトコとしか思っていないから」
フッと鼻で笑うと清水くんは私に厳しい視線をよこした。
頭ではわかっているくせに、それでも彼は私に対する疑念を捨てられないらしい。
その頑なな態度に私はだんだん腹が立ってきた。なぜ私が責められなければならないのか!?
そもそも私より、アンタの女子への対応のほうがよほど問題があると思うけど!
大きく息を吸い込むと、心に積もり積もった鬱憤を一気に吐き出した。
「そういう子どもっぽい態度、やめてくれない!?」
「はぁ!?」
清水くんの態度は更に硬化した。たぶんお互い引くに引けないところまで来てしまったのだ。
しかも妙なやり取りを続けているうちに、私たちは駅にたどり着いていた。
帰りも途中までは彼と同じ電車に乗るのだけど、今はそれが苦痛でしかない。駅の構内を無言で歩き、時間も確かめずにホームへ向かう。
隣にいるのは間違いなく私の好きな人だというのに、どうしてこんな惨めな気持ちになってしまうのだろう。
後ろに並んでいる大学生っぽい男女が楽しそうに会話をしている。
「そのドクロすごいじゃん。どこに売ってるの? 私、そういうの結構好きだな」
「マジで? 俺、言っとくけどドクロ歴長いよー」
「『ドクロ歴』って何!?」
キャハハと笑う女性の声が本当に愉快そうで、私は密かに唇を噛んだ。ドクロには興味がないけど、そんな普通の会話ができる関係が羨ましくて仕方なかったのだ。
ドクロの話題が普通の会話かどうかはわからないけど……。
でも「従兄とどういう関係?」なんてバカバカしい質問をされるよりは全然平和だ。痛くもない腹を探られる私の身にもなってくれ、と心の中で隣の男に毒づいた。
電車の中でも結局黙ったままだった。清水くんはずっとケータイを見ながら何かしている。
――女の子にメールしてるのかも。
そんなことを思う私もかなり嫌な人間だ。でもそう思ってしまうのだからどうしようもない。
私のことを彼女と言いながら、絡んでくる他の女子を拒まないのはどういう了見なのか?
自分のことを棚にあげて私を責めるなんて、ホントどうかしてる。
乗換駅で電車を降りると、ようやく清水くんが口を開いた。
「舞の電車は30分後に来るから、それまでここで待っていよう」
改札口の手前に広い待合スペースがあった。隅にはベンチもある。清水くんは当然のようにベンチへ向かった。
いかにもやる気のなさそうな動作で彼は腰を下ろした。私はベンチの前でしばし突っ立っていたが、清水くんが隣に座れと言わんばかりにポンポンとベンチを叩く。
仕方ない。私はわざと少し離れた場所に浅く腰掛けた。いつでも逃げ出せる体勢とも言う。
「今の俺ってすごく嫌なヤツだよね」
清水くんは顎を天井に向けた。
自覚があるのならどうにかしてくれ、と言いたかったが、彼の切なげな表情を見たら何も言えなくなってしまった。
「やっぱり諒一さんと比べたら、俺なんか全然ガキだし」
「さっきのはそういう意味じゃないよ」
「どういう意味でも関係ない。俺自身がそう思うって話だから」
――うーん、これは重症だ。
諒一兄ちゃんに対して異様にライバル意識を燃やしていることは間違いない。どうしてそんなことになったんだろう。訝しく思いながら私は言った。
「何を話したのか知らないけど、清水くんは誤解していると思う。諒一兄ちゃんが私のことを従妹以上に思うわけないもの」
「どうして?」
「昔、諒一兄ちゃんは私の姉が好きだったから」
「ふーん」
――あ、あれ? 「ふーん」だけ?
これはかなり強力な切り札だろうと思っていた私は内心派手にコケた。
清水くんは腕組みをして嘆息を漏らす。その挙動は私の心をひりひりさせた。
「舞は自覚が足りないよ」
「え?」
急に彼は私を見た。上から下まで眺め回す視線は普段のものと全然違う、男の目線だった。まるで裸を見られているような恥ずかしさがこみ上げてくる。
「眼鏡をしていないだけで印象が全然違う。すごくかわいいし、すごく目立つ」
「へ? だけど市村さんは私のことをダサくてかわいくないって言ってたよ」
私は身を縮めながら茶化すように言った。清水くんの視線だけで身体の内部が沸騰するように熱くなってしまい、この状況は危険だと本能が察知したのだ。
――わ、私……ど、どうしちゃったんだろう。
身を硬くしながらも、頭の片隅では前に清水くんに抱きとめられたときのことや、おでこにちゅーされたことなどがぐるぐると回っている。
――だあっ! 散れ! 散れ!
突然湧いた邪な感情を慌てて追い払う。しかし清水くんの顔を見て、私の脳内の思考は全て吹っ飛んだ。
怒ったように鋭い目をした綺麗な顔が私の眼前にあった。
――近すぎっ!
驚いて飛び退いた途端、腕をぐいと掴まれる。
「落ちるよ」
「は、はい!」
「逃げないでよ」
「は、はい!」
硬直した私は何とかベンチの端を反対の手で押さえて座り直した。しかし、この隙に清水くんが私との距離をあっさりと詰めてしまい、彼に腕をつかまれたままの私は逃げ道を失った。
「ちゃんと俺の話、聞いてくれる?」
「う、うん」
頷いたものの、いきなりベンチに密着した状態で座ることになり、心は全く落ち着く気配がない。