渚の平凡物語
寝耳に水なんですけど

親父が言うには

 美濃渚(みのうなぎさ)、寝耳に水の兄弟が増えました。

 何てこった、あの親父にそんな甲斐性があったとは。
 家庭に熱心でもなかったが、博打も酒もやらない善良な人だと信じていたのに。まさかまさかの浮気で腹違いの姉がいることが発覚。
 唖然として言葉もないあたしは、つつーっと眼球だけ動かして母を見た。普通、こんなこと聞かされたら怒るよね。テレビドラマで見るような展開に、この後の修羅場を想像して恐怖する。
 どうしよう、とりあえず泣いとく? 母と一緒にヒステリックに糾弾する? 母が思いあまって包丁握らないように、先手打って隠しとくべき?
 幾つもの選択肢が頭を過ぎり、心臓がバクバクと音を立てる。怒声ばかりの家庭になるのだろうか。その恐怖にあたしは凍りつく。

「……あなたの子?」

 しんとしたリビングに、母の言葉が響く。その言葉だけでは感情は伺い知れなかった。

「ああ」

 これまた不倫を告白したとは思えない素直さで、ただ頷く父。娘としてカチンときたが、ここはあたしが出張るべきではないと空気を読み、ただ成り行きを見守った。

「……そう」

 何を考えてるのか、目を伏せてただ納得する母。怒って責める気配のない様子に、首を傾げる。

「事情があって、その子を引き取ろうと思う」
「はぁあああ!?」

 爆弾発言に、今度こそ我慢できずに素っ頓狂な声が出た。さすがに母も目を瞠っている。

「ちょ、え、何言ってんの? 何言っちゃってんのお父さん? 不倫して出来た子を引き取るって? は? この家に? 何考えてんの!?」

 泡を食いながら必死にそれだけ言ったあたしを、親父は面倒そうな目で見る。おい、そりゃないだろ。

「母親は違えど、お前の兄弟だ。何より俺の子供だ。この家に招き入れるのは当然だろう」
「……」

 当然? 当然なの? え、あたしがおかしいのか?
 混乱したままなので、当然だと自信満々に言われると返す言葉がない。ただ親父の言葉が実現すると、今まで会ったことのない人間がこの家で共同生活する羽目になるのはわかった。

 嘘だろ、と頭を抱えるあたしは周りを見ることなど出来ない状況で。その時両親が、どんな顔をしてどんな心境だったのか、知ることが出来なかったのだった。
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