君のいる世界
肩に掛かったのはさっき脱いでいた康君の黒いスーツの上着だった。
スーツにはまだ康君の温もりが残っている。
だけど今、私の小刻みに震える肩と冷えた心はその温もりで癒されることはない。
「…そんなに怖がるなよ」
康君の声が若干震え、まるで悲痛の叫びのように聞こえた。
掛けてくれたスーツの襟を強く握る。
サイズが大きくて襟を持っていないとずれ落ちてしまいそうだった。
「って、怖がらせたのは俺か……麗奈。ごめんな」
康君はそう言って私に目を合わせることなく、静かに部屋を出て行った。
パタンッと扉が閉まる音が、私達の今まで築き上げた関係の終わりを告げる無情な音に聞こえた。
私は閉まった扉を暫く見つめていた。