君のいる世界
今はまだ…帰りたくない。
康君に会いたくないっていうのも理由の一つだけど、それよりも会長と一緒にいたい。
もう少しこの幸福な時間に浸っていたい。
私は顔をゆっくりと左右に振った。
会長はふっと目を細めて微笑みながら、私の前髪をクシャクシャにした。
「きゃ!っちょ……もう…」
バサバサに乱れた前髪を両手で整えながらふと会長を見ると、後ろの窓から降り注ぐ淡いオレンジ色の夕日が会長を染めていた。
それは絵に描いたように美しくて幻想的で、時が止まったように一瞬で目と心を奪われた。
トクントクンと心臓が早鐘を打ち、その度に胸が締め付けられて苦しい。
悲しくも辛くもないのに涙が出そうになる。
私は涙をぐっと飲み込んで、流れる景色を眺めた。
私達の乗ってる車両にはいつの間にか誰もいない。
電車の走る音だけが二人の間に鳴り響いていた。