君のいる世界
「じゃあ早く帰らなくちゃ。今日はお母様特製のカレーライスでしょ?」
「っ!…そ、そうですね」
目を細め優しく微笑む朱美さんを見て、俺は思わず息を呑んだ。
今まで全く気付かなかったけど、朱美さんの笑った顔やしぐさが何処となくあいつと被る…
ふと今日の海での谷本麗奈の満面の笑みが頭を過った。
もし、あの中学生カップルが声を上げなかったら…
俺は何を言ってた?
俺とあいつは今どうなってたんだろう…
「…私の顔に何か付いてる?」
朱美さんは俺の顔を覗きながら、目を見開き大袈裟に瞬きを繰り返した。
「…いえ、何でもないです」
「そ?ならいいんだけど」
ドクン、と重い何かが心臓を打ち付ける。
朱美さんと谷本麗奈が似ていると気付いた瞬間、もうそういう風にしか見えなくなってしまった。
二人は全く無関係なんだとわかっていても、朱美さんの一つ一つのしぐさに胸が苦しくなる。