君のいる世界
「実はうちの店で夕方の子が辞めちゃって募集しようと思ってるんだけど、琴音ちゃんどうかな?」
「いいんですか?」
「もちろん!琴音ちゃんなら大歓迎よ。それにあの子明るいし絶対接客に向いてるわ。もし、琴音ちゃんにやる気があれば連絡してって伝えて?」
そう言って身につけていたエプロンのポケットからメモ帳とペンを取り出し、さらっと何かを書いた。
「これ、店の電話番号」
「ありがとうございます。あいつ、きっと喜びます」
俺は朱美さんが切り取ったメモを受け取ってポケットに閉まった。
「…琴音ちゃんはね、少し娘に似てるのよ」
「娘さんって、俺と同い年の?」
朱美さんは遠くの方を見ながらゆっくりと頷いた。
「家族想いでね、本当に幸せそうに笑うのよ。でも、そんな娘を……私は傷付けてしまった」
「え?」
「…ごめんね、変な話して。じゃあ、琴音ちゃんに宜しく伝えてね」
朱美さんは手を振って店に戻って行った。
一瞬見えたあの悲しそうな顔は俺の見間違いだったんだろうか。
そう思えるぐらい、手を振ってる姿はいつもとなんら変わらない朱美さんだった。