君のいる世界
母さんは今まで俺達を必死で育てながら、一人で寂しさや辛さと闘ってきた。
もうそろそろ一人の孤独から解放されて幸せになってもいい頃だと思う。
「…考えたことなんてないわ。お母さんには…私にはお父さんだけだもの」
「でも……っっ!!」
俺は言葉の続きを飲み込んだ。
言えなかった…
“もう一人で苦しまなくていい”
“幸せになってもいい頃だ”なんて。
振り返ると母さんは母さんではなく、一人の女性の目で親父の遺影を瞬き一つせずに愛おしそうに見つめていたから。
ああ、そうか。
母さんはこの五年間一人なんかじゃなかったんだ。
母さんの中にはずっと親父がいた。
二人で俺達を見守ってくれていたんだな。
「…そうだよな。ごめん、今の忘れて」
「ふふ。変な子ね。あ、カレーまだあるわよ、食べる?」
「ああ、さんきゅ」
母さんは俺のカレー皿を持って和室を出て行った。