ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
「俺を月極で借りると思ってくれればいいよ」
「月極で?」
「そう」
それは、私がお金を払ってマスターを借りるということ?
わ、私がマスターを借りて、どうしろって言うのっ!!
好き勝手しちゃっていいって言うことぉ~!?
もう頭の中は、パニック状態。
「そうだなぁ……。梓ちゃんにお金払わせるのもなんだし、ビール、おごってくれる? それで一ヶ月間、俺は梓ちゃんの彼氏っ!」
なんだそれっ!
たったビール一杯で彼氏? マスター、そんな安くないでしょ?
マスター目当てのお客さんが知ったら、「私も借りるわっ」って大喜びしちゃうんじゃない?
もうさっきから頭の中で、疑問符が駆けずり回ってるよ。
きっと、今の私は挙動不審だろう……。
そんな私を見て苦笑しているマスターがカウンターに頬杖をつくと、ゆっくりと右手を伸ばし始めた。その目はさっきまでとは違い艶を帯びていて、私の動きを一瞬で止めた。
「マ、マスター? 何しようとし……」
続きの言葉は、唇に押し当てられた人差し指で阻まれてしまう。
「黙って。で、どうする? ビール、おごってくれるの? くれないの?」
「…………」
「一ヶ月、俺と恋、してみようよ。ねっ?」
ど、どうしたって言うのよ、私っ!
何、心臓バクバクさせちゃってるのっ!!
私はマスター目当てのお客さんと違って、惑わされたりしないんだからっ!!!
そう思っていても、心臓の動きは速さを増していくばかりで……。
もうやっぱり意味が分かんなーいっ!!
マスターはと言えば、素敵な笑顔で微笑んでいる。しかし目の奥は、しっかりと私の心を捉えんばかりの力を孕んでいた。
このままじゃ私……。
負けてなるものかと眼力いっぱいで睨んでみても、どこ吹く風で知らん顔。
はぁ……駄目だ。何をしても言っても、うまく丸め込まれるような気がしてきた。