ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
「遼さん、今の人って……」
「あぁ、千さんね。この辺りの飲食関係の店で構成されてる組合の会長さん。俺今年、そこの会計監査になっちゃってさ」
「そうなんだ」
「みんな良い人で助かってるけど」
それはきっと、遼さんが良い人だからだよ。
なんて、恥ずかしくって口には出して言えないけど……。
遼さんがもう一度手を繋ぎ、指を絡めてきた。
私はこの俗に言う“恋人繋ぎ”が好きだったりする。ただ繋ぐよりも密着度が増し、より恋人らしさを演出してくれるから__。
それからしばらく、ただ黙って駅までの道を歩く。
毎日仕事帰りに通る道なのに、何故だか風景が変わって見えた。
もちろん、いつもは夜で、今は朝だ。それは分かっている。
ただ遼さんが横にいるだけで、手を繋いで歩いているだけで、いつも見る風景がこんなに新鮮に見えるのかと、初めての経験に胸が躍る。
少し子供じみてるかもしれないけれど、スキップをしてしまいそうな気分だ。
空を仰ぎ見ると、雲ひとつない澄んだ青空。
心も身体も軽くなる。
「ねぇ遼さん」
「ん?」
「このまま一駅、歩いちゃわない? こんないい天気だし、地下に入っちゃうのもったいない」
遼さんも空を見上げた。
「そうだな。良い提案だ」
上げていた顔を下ろすと、まるで太陽のような笑顔を私にくれる。
心がジンワリと暖かくなってくるのを感じ、私も微笑み返す。
「じゃあ行くか」
そう言うと、遼さんのコートのポケットに、繋いでいる私の手ごと入れてしまった。
「これで寒さ対策もバッチリ」
普通に繋ぐだけよりも、身体が密着する。
心も身体も暖かくなると、足取りも軽く歩き出した。