ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
「遼っ。お前の勝手にはさせないからなっ!」
その場から遠ざかる背中に、お兄さんの声が響いた。
“大切な人” “結婚しようと思ってる”
その言葉は、素直に嬉しかった。けれど、少々投げやりな言い方とお兄さんとの関係が気になる。
結婚という言葉に異常なほどの感情を見せ、勝手にさせないと叫んだお兄さんの言動。
兄弟なのに顔を見ようとしない遼さんの態度。
それに__
“約束は一ヶ月”
どんな約束? 一ヶ月というのは、私たちが交わした契約と同じ期間……。
それと何か関係があるんだろうか。
気になることばかりで、頭の中がぐしゃぐしゃだ。
遼さんは遼さんで、怖い顔のまま駅に向かってズンズン歩き続けている。
自分でも気づかないうちに、体に力が入っているんだろう。私を抱いている腕の力が強すぎて、肩がギシッと痛んだ。
「遼さん、肩が痛いんだけど……」
やんわりと伝えると、ハッとしたように立ち止まり大きな溜め息をついた遼さんが私を見た。
「ごめん、梓。気分悪くさせたよな……」
「ううん、私のことはいいの。それより、遼さんの方こそ大丈夫?」
聞きたいことは山ほどあるけれど、今聞くのは気が引けた。
まずは遼さんの気持ちを落ち着かせることの方が先決だ。
俯きがちな遼さんの顔を覗き込み、彼が好きと言ってくれる笑顔を見せると、弱々しい感じながらも微笑み返してくれた。
「開店準備もあるし、急いで帰ろう」
今度は私から手を繋ぎ、その手を引っ張るように走った。