ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
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駆け込んできた彼女、春原 梓 が気になり始めたのは、一年くらい前だったか……。
いつもはほとんどが枝里ちゃんと来ていたのに、その日は夜の9時頃、ふらっと一人で店にやってきた。
いつも元気な彼女が少し疲れた表情をしていたのが気になった。

「今日はマスターのお任せで、何か一杯作って」

そう言われ、“ベリーニ” を用意する。
スパークリングワインとピーチ・ネクターを使った、甘い爽快感が楽しめる一杯だ。少しでも、彼女が元気になれればいいと……。
力なさげに微笑むと、カクテルを一口飲む。すると、微笑んでいた表情が見る見るうちに悲しい表情に変わっていき、頬に一筋の涙がつたう。声を上げて泣くのではなく、ただ涙をこぼし続けるだけだった。
何が彼女をそうさせたのか……。聞くことは簡単だが、何故か聞けなかった。
聞いたところで、何かいい言葉を返せる自信がなかった。
そう思わせるくらい彼女の涙は純粋で、俺から言葉を失わせるのに十分な力を持っていた。
それからしばらく俺は、彼女から目が離せなくなった。


あの日から、何度彼女に告白しようと思ったことか……。
でも、俺の中の彼女に対する気持ちが本気になればなるほど、それを押し留めてしまった。
彼女から何となく好意を持たれている気はするが、それは恋とか愛とか、そういうたぐいの気持ちではないのは分かっていた。
本気だからこそ、焦って失敗はしたくない。
ゆっくりゆっくり距離を縮めていこう。
昔の俺を知ってる奴が聞いたら、大笑いするだろう。
よくお前が我慢できるなって……。

でももう、そんな悠長なことは言ってられなくなった。
一ヶ月で彼女を俺のものにしなければいけない。
どうやって? 
一点を見つめながら思案していると、俺の中の奥底から声が聞こえた。

-----“罠”を仕掛けてみたら?-----

罠? 罠か……。いい考えかもしれない。
罠と言ったって、彼女を陥れるような危険な罠じゃない。
彼女が自分から、俺が欲しくなるような……

-----“甘く蕩ける罠”-----

そうと決まれば朝の気分もどこかへいってしまい、鼻歌交じりに今晩の誕生日祝いの準備にとりかかる俺がいた。












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