ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
「年内とは言わん。小野瀬に戻ってくる気は、本当にないのか?」
しっかりとしたその口調には、威圧感や強引さは無い。ただ遼さんの気持ちをもう一度確かめるように、言葉をかけているようだった。
少しの間の後、遼さんが私の手をギュっと握る。力強さに驚き顔を見ると、遼さんの目は優しさに満ちていた。もうどこにも怒りや憎しみは感じられない。
その顔に安堵し、思わず笑みが溢れてしまった。
「悪い、親父。どんなことをされようと、戻るつもりはない。俺はあの店を、ずっと続けたいと思っている。俺がここを出てヤケになってたとき、手を差し伸べてくれた修さんやあの街の人達の思いの詰まった店なんだ。やっと軌道に乗ってきて、常連客もついてきてるしさ。それに……」
そこで言葉を止めると私の方に向き、最高の笑顔を見せてくれた。
「梓に出会ってしまったんだ。俺の人生の伴侶は、彼女しか考えられない。愛してるんだ……」
見つめられたまま愛の告白を受けてしまい、人前だということ忘れ抱きついてしまった。
「私も遼さんと、ずっと一緒にいたい……」
少し離れたところから、奥さんの「まぁ!」と喜ぶような声が聞こえる。
「えっと……梓? 抱きつかれるのは嬉しいんだけど、ここ……」
そこまで聞いて、すぐに遼さんの言いたいことを理解した。
急いで身体を離すとソファーの隅まで移動し、両手で顔を覆った。
「ごめんなさいっ」
大きな声で謝ると、遼さんが大笑いした。
「そんなに離れなくてもいいのに」
奥さんのクスクス笑う声も聞こえて、顔が熱くなってしまった。