ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
しかし反対側からは、大きな溜め息が聞こえた。
「お前たちは、何やってるんだ。呆れて物が言えないとはこのことだな」
お兄さんが憐れむような目で私を見ると、いたたまれなくなって顔を背けた。
「暁、止めておけ。梓さんと言ったかな?」
いきなり渋い声で名前を呼ばれて、身体に緊張が走る。
「は、はいっ。春原梓と申します」
声が裏返ってしまい、緊張の度合いが増してしまった。
すると、遼さんが座っている距離を縮め、私の背中を擦りだす。
「大丈夫」
耳元に与えられた言葉と背中の温かさから、緊張が溶けていく。
「可愛らしい人だな、遼。出会った頃の母さんを見ているようだ」
昔を懐かしんでいるのか目を細めている姿は、どことなく遼さんに似ていた。
最初からお父さんに怖い感じを受けなかったのは、きっと遼さんに似ていたからだろう。
とくに、笑った時の目はそっくりだ。
「今回のことはすまなかった。こちらにも色々と事情があってね……。君にも辛い思いをさせてしまった。こいつのことも許してやって欲しい」
そう言われお兄さんを見れば、顔を背けられてしまった。
だよね……。
今までの流れで、いきなり笑顔を向け合う仲にはなれないだろう。
「許すも何も……」
今日何回もバカバカ言われたことや、壊してやろうか言われたことはまだ少し腹が立つけど、こうやって遼さんにも会うことが出来たんだ。あの日のことは、もう気にしていない。