ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
私には想像もつかない世界。
小説やテレビの中だけの話だと思っていたことが現実でもあることを知り、少なからずショックを受けていた。
その気持ちが顔に出ていたんだろう。奥さんが近寄ってきて私の横にしゃがみ、そっと手を包み込んだ。
「さっきの私の言葉、ちゃんと聞いてた? 会社のために結婚なんて、馬鹿なことするわけ無いでしょ? それに……」
そこまで言うと、顔だけお兄さんに向けた。
「な、何だ?」
またも急に振られ慌てるお兄さんに、驚くような一言を言ってのけた。
「ここには二人の愛の証が育ってるもの……」
自分のお腹を愛おしそうに撫でる姿は、まるで聖母のようだった。
私もその言葉に驚き口をぽかんと開けていると、ふふっと笑いながら私の手をポンポンと撫で立ち上がる。
そしてお兄さんに歩み寄ると、ソファーに肘掛けに腰を下ろした。
「あなた、びっくりした?」
「あ、当たり前だっ!! 何故もっと早く言わないっ? と言うか、ここではなくまずは俺に報告するのが筋だろうっ!!」
興奮が抑えれらないのか、鼻息あらく捲し立てる。
「初めて出来た子ですし、安定期に入ってからご報告しようと思ってたんです。でも、お父様のためにも、遼さんや梓さんのためにも、今ここで言ったほうがみんなが幸せになれると思いまして」
ニコッと微笑むとお兄さんの手を取り、自分のお腹に当てた。
私がこの家に来てからずっと硬く険しくしていたお兄さんの顔が、ゆっくりと緩んでいく。それが喜びに満ちた顔に変わると、お兄さんの目から、一筋の涙が流れ落ちた。