ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
自分はもう小野瀬と関係のない人間なんだと───
するとあの親父が、俺に頭を下げた。
今回の話は急かし過ぎたと……。
嘘みたいな光景だった。親父が頭を下げるなんて。
まるで人が変わったみたいじゃないかっ。
この状況がうまく飲み込めず、戸惑うばかりだ。
もう一度確認するように「小野瀬に戻る気はないのか?」と聞かれた時には、親父からはもう威厳を感じることはなかった。
今、俺の目の前に座っているのは、ただの親父。
俺の父親としての、小野瀬亘だった。
親父と息子として話しが出来ることに、心が穏やかなものになる。
それからは自然と口調も穏やかになり、
ここに戻るつもりはないこと───
あの店を続けて行きたいこと───
何より、
「梓に出会ってしまったんだ。俺の人生の伴侶は、彼女しか考えられない。愛してるんだ……」
親父に聞こえるように、でも目は梓を捉えたまま気持ちを伝えた。
ちょっとしたプロポーズか……。
その気持ちが伝わったのか、梓が「私も遼さんとずっと一緒にいたい」と抱きついてきた。
人前だというのに、梓からなんて……。
こんなこと、後にも先にももう二度とないだろう。
嬉しいやら照れくさいやら。何と言っていいものか。
「抱きつかれるのは嬉しいけど、ここ……」
そうやんわりと伝えると、何を言ってるのかすぐに気づいた梓が慌てて離れ、ソファーの隅まで行ってしまった。
両手で顔を覆い「ごめんなさいっ」と謝る姿は、今日のどの姿よりも可愛いものだった。