ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
そして大きく溜め息をついたかと思うと、しばらく黙ってしまった。
「ト、トイレでも行くの?」
この間に耐えられなくなって、絶対に違うと分かってて聞いてみた。
「行かない。そっかぁ、梓は雅哉の嘘にまんまと引っかかっちゃったわけだ」
「嘘?」
「そう。俺は一言も『戻らない』とは言ってないからね。雅哉のやつに一杯食わされたかぁ」
遼さん、何呑気に笑ってるの?
私はその雅哉くんの言葉を鵜呑みにして、なりふり構わず掛けだしてしまったと言うのに……。
何だか、一気に身体の力が抜けてしまった。
「でも嬉しいなぁ。梓は俺が戻ってこないと思って、たった一人であそこに乗り込んで取り戻しに来てくれたんでしょ?」
ニヤリと笑って、私を見つめる。
「そ、それはそうだけど……」
「兄貴がいるとは思わなかった?」
「そんなこと、少しも考えなかった。それよりも、遼さんが許嫁と婚約しちゃうんじゃないかと、気が気じゃなくて……」
遼さんに実家に行くときは気が張っていて感じなかった切ない感情が、今は涙となって目を潤ませた。
このままだとワァっと泣きだしてしまいそうで、遼さんの顔を見てられない。
パッと目線を外し、バッグからハンカチを取り出した。
「そんなのいらないでしょ?」
ハンカチを持った手を取られ、そのまま遼さんの胸に抱きしめられてしまった。
「あっ……」
「ここで泣いていいよ。梓の気持ちは、全部俺が受け止めてあげる」
驚く間もなく、遼さんの熱い胸と抱きしめる優しい腕に、涙腺がプチンっと音を立てて切れた。