ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~

そんな時に会ったのが、修さんだ。
修さんは、若くして起業し成功を収めたとして、この街ではちょっとした有名人だった。

『お前が、小野瀬遼か?』

全く面識のなかった彼に、声をかけられた。
その時の眩しすぎる笑顔に、苛つきを覚える。

『そうだけど。何? あんた、誰?』

『俺は矢田修。ちょっと顔貸してくれないか?』

さっきまでとは一転、怖いほどの無表情になると、有無を言わさない眼力で俺をビルの裏まで連れて行った。
ものすごい力で首根っこを掴み俺を押さえこむと、頭上からドスの利いた声が響く。

『この街であんま調子に乗ったことしてんじゃねーぞ、ガキが』

『テメーには関係ないだろっ!!』

『小野瀬建設の息子だからって、何しても許されると思うなよ』

一番聞きたくない言葉を言われ、苛つきが怒りに変わる。

『知ったような口聞くなっ!! お前に……』

『…………』

『お前に何が分かるっていうんだっ!!』

自分で自分が何をしているのか分からなくなっていた。限界だった。
男のくせに情けないかもしれないが、誰かに助けて欲しかったのかもしれない。
ずっと泣きたくても泣けなかった。泣いたら負けを認めたみたいで……。
なのに今は、どうしてか分からないが涙が溢れてしょうがなかった。

『分かんねーな、お前のことなんて。甘えたこと言ってんじゃねーぞ。だけどお前が、お前自身がこのままじゃいけない、変わりたいと思ってんなら、俺はお前に手を差し伸べてやる』

その言葉で、あの家を出てから心の奥につっかえていた何かが取れたような気がした。
彼の胸を両手でおもいっきり掴むと、大声を上げて泣き続けた。








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