ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~
枝里を見送りカウンターに座り直すと、またマスターが私を見つめているのに気づく。
「マスター? どうかしたの?」
「えっ? いや……。何でもないよ」
う~ん……。何でもないようには見えなかったけどなぁ。
今日の私、何かおかしい?
自分の身なりを見てみても、特に変わったとこはないような……。
目線をマスターに戻してみたら、忙しそうにしてるし。
何となくそれ以上は聞きにくくて、気にするのをやめた。
「マスター。何かオススメの飲み物、作ってくれる?」
「酔いたい気分?」
「さすがっ。よく分かってらっしゃる!」
私の言葉に気を良くしたのか、手早くカクテルを作り出した。
何度も言うようだけど、マスターのその軽やかな手さばきには、いつもホレ惚れしてしまう。
この店にはもう3年近く通っていて、マスターこと小野瀬遼さんには、とて良くしてもらっている。
歳は私と2コ違いの28歳。
人当たりも良くて優しいし、会話も話題豊富で面白い。
この店はお酒や料理も美味しいけれど、マスターとの会話目当てで来るお客さんも少なくなかった。かくいう私も仕事帰りに寄っては、その笑顔と会話に一日の疲れを癒してもらっているからね。
そして何より、超イケメン。髪なんか、女の私が憧れてしまうくらいサラッサラで、清潔感たっぷり。爽やかさが溢れ出している。
背も180は超えていて、シェーカーを振っている時の立ち姿は完璧だ。
でもただの一度だって、好きって感情を持ったことはなかった。
だって私には、どんな素敵な人だろうと男性は必要ないから……。
そんなことを考えながら、片肘ついてマスターを目で追っていると、あっという間に素敵な色をしたカクテルが目の前に置かれた。
「はい、マリリン・モンロー」
アメリカのセックス・シンボルと呼ばれた女優、彼女をイメージして作られたカクテル。スイート・ベルモットの香りと甘味が官能的な一杯だ。
確か店に来た時、枝里も飲んでいたはず。