ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~

そんな私の気持ちにお構いなく、言葉を続ける。

「だって梓ちゃん、逃げてるだけでしょ」

チクっと痛んだ胸が、グサっと音を変えて痛みを深くした。
そんなこと言われなくたって分かってる。ただそれを、ひた隠しに隠してきただけだと言うことも……。でもそれだけ辛くて苦しくて悲しくて……。私の気持ちは誰にも分からないっ。

「好き勝手言わないでっ!!」

怒りに任せて、思わず大きな声を上げてしまった。なんだか居た堪れない気分になり席を立とうとしたら、左腕を掴まれ引き寄せられた。
マスターがカウンターから身を乗り出し、私の耳元でとんでもない言葉をささやく。

「俺なんてどう? おためしで付き合ってみない?」

「っ!? 」

今、なんて言った? おためしで付き合う? 誰と誰が?
あっ、俺って言ったよね? と言うことは、私とマスターが付き合うってことなのか? いやいや、ありえないありえないっ!!

「マ、マスター? 自分が言ってること、ちゃんと分かってる?」

「うん。分かってるから言ってるんだけど」

何『うん』とか可愛く、簡単に言っちゃってるかなぁ。絶対に分かってないでしょっ。だって男と女が付き合うって、おためしなんかで出来ることなのか?
そんなの、ぜーったいにありえないんだからっ!!
さっきまでとは違う怒りがこみ上げてくきた。

「あれ? 何か怒ってる? そんな深く考えることないんだけどなぁ。うん……じゃあ一ヶ月。一ヶ月の間に、俺が恋愛の楽しさと甘さを、梓ちゃんに思い出させてあげる」

きっと私じゃなかったら、すぐに「うん」と頷いてしまうような甘いセリフだろう。それに相手は超イケメンの店長だし……。
でも私には何の効果もない。
もう四年も恋してない私が、たったの一ヶ月で楽しさと甘さ……なんて思いだせるんだろうか。
今の私は、恋愛に興味すらないと言うのに……。





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