精神科に入院してきました。
叫んでいたのは、奥から二番目の部屋のおばあちゃん、縛られている人だった。
「はなして~、はなして~」
彼女からすると、なぜ縛られているのかわからないのだから、当然の訴えといえば当然。


 ただ、聞いているこっちの神経が参りそうだ。

今日も祝日で、看護師は二人しかいないし、医師はいない。
明日は「診察」あるかな。


 明日の診察で、自分がまともだって、実家に帰って生活する覚悟が出来たって、医師に伝えて、ここから解放してもらおう。
 そのためには、イイコにしていなくては。



 私は出たい一心で、医者に説明する言葉をあれこれ考えていた。


ホールにはあいかわらず、車いすに安全ベルトで固定されたおばあちゃまがいる。
この方、白髪で上品で、いつもにこにこしていて、そしてとっても小柄。
 ただ、小柄過ぎて、常に安全ベルトからずり落ちているのが気になって仕方がない。

例の幻覚が見えていた女性の部屋の扉があいていて、彼女は食事のプレートを親の仇でも見るような眼で睨んでいた。

 ……親、なんて漢字を書いたらまた涙が出てくる。

幻覚さん(と命名してみる)も、たくさん点滴チューブが付いているけど、一応自分で飲み食いできるようだ。……ということは、点滴は何の薬なんだろう。
 おとなしくさせる薬なのか、なにか、幻覚を抑える薬なのか。


 森実恵さんという人の本を読んだことがある。
統合失調症で長年闘病生活を送ってきた経験を、エッセイのような形で描いている人。

 彼女は著書の中で、幻覚は血の池がみえたり、生首が見えたり、まるでホラー映画のようで、その生首たちが一斉にしゃべるものだから、現実の声なんか聞こえやしない、会話に集中できない、どの声に返事したらいいかわからない、と書いていた。

 あの幻覚さんにも、そんな光景が見えているのだろうか。
私だったら、耐えられない。


 辛い、だろうな。


前述の小柄なおばあちゃまも、日曜日に私の父より年上だと思われる息子さんが面会に来ていたけれど、声のでない口で一生懸命、
「一緒に帰りたい」
って訴えていた。

 息子さんたちが帰ったあと、ヘルパーさんに
「また来てくれらるよ。よかったね」
って、部屋に連れて帰られる様子はなんだかいたたまれない。

 私の隣の部屋には、パリッとしたおじいちゃんがいて、自分で食事もするし、歩いてもいる。ひどい認知症じゃない感じなのに、どうしてここに閉じ込められているのだろう。

 ……ああ、やりきれない場所だ。
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