精神科に入院してきました。
夕方の薬を配りにきたのは、若い男性のナースだった。

 無愛想で少し怖い。
でも彼は、私やA本さんだけでなくて、N辻さんにも薬を渡して自力で飲ませていた。

 N辻さんは、普段たいていのナースに薬を口に入れてもらっている。
I沢おばあちゃまなんかは、薬をジュレで溶かしたものをスプーンで口に入れてもらっているし、ほとんどのお年寄りは口をあけて、あーん、の要領で薬を飲まされている。


 でもN辻さんは、ふだんぼーっとしているふりをしているけれど、、実は私たちの中で一番しっかりしていると思うのだ。


 たとえば。
お手洗いに行きたいのに、車いすだから要介護でしかトイレに行けない。

 ナースをよべばいいじゃん、って思うでしょ?
N辻さんは、「忙しいときに呼んだら、露骨に迷惑そうな顔をされる」のが嫌で、しばらく我慢する。

 一度我慢の限界が来た時には、私が車いすを押して彼女の部屋の入口まで連れて行った。
 けれどそこまで。彼女はその先は、看護師が通りがかるのをひたすら待つ。


 夜勤帯はスタッフが少ない。だからN辻さんの膀胱具合が、正直心配になって、おせっかいとわかってはいたけれど、わたしは何気なくを装ってナースステ-ションを見に行った。
 幸い、気づいたナースがいて、N辻さんは無事にお手洗いに行けた。


他にもある。
 わたしやA本さんは、自分からI沢おばあちゃまや、Sおじいちゃんに話しかけることはほとんどない。
 一度だけ、SおじいちゃんとA本さんが、自宅にある井戸水のおいしさについて語り合っていたのは見かけたけれど。


 でも、N辻さんは違う。
自分から、歩行訓練をして帰ってきた後、
「ばあちゃん、ばあちゃん」
と耳の不自由なI沢おばあちゃまに話しかけ、
「歩く練習してきたよ」
と報告していた。

 I沢おばあちゃまの返答は要領を得ていなかったけれど、
認知症でもう何もわからないだろうと勝手に決められて、食事も薬も他人に口へ突っ込んでもらっている状態の高齢者にだって、プライドも楽しみも社交性だってある。

 それこそ、人権、じゃないのかな。

おばあちゃんたちに、「雑談」をしてあげるのは、実は一番の特効薬じゃないかと思う。


 おばあちゃまも、おじいちゃんも、N辻さんと話している時だけは楽しそうだし、本音を話しているように見える。


 もちろん、昨日話したことを翌日には忘れてしまっているのだけれど。
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