精神科に入院してきました。
とにかく、お風呂が自由とのことなので、おっかなびっくり浴室を開け、空いていることを確認すると、私はそそくさとお風呂に入った。


 奇妙な光景だった。

ものすごく、ものすごく痩せた、髪の長い女性がシャンプーをしていて。
その横では、お尻のお肉が風呂台からはみ出ている巨体の女性が、足の肉をたぷんたぷんさせながら身体を洗っていた。


 とはいえ、誰も独り言は言わないし、あらぬ方向にシャワーをかけたりもしない。


快適!!


 私はご機嫌でお風呂からあがり、もはやナースに返さなくてもいいタオルや洗面器、シャンプー類を部屋に持って帰ると、洗面室で髪を乾かした。



 きっとお昼から、母がきてくれる。
私は楽しみでならなかった。

 こんなに寂しい思いをしたのだもの。



本当は、わたし、ママが大好きなんだよ。
大好き過ぎて、ママの愛情表現が分からなくて、ときどき落ち込んだりしちゃうだけ。



だから、早く家族に会いたかった。


 昼、11時、自分はお昼の薬はないけれど、様子見にホールに行ってみる。

まっさきに目に付いたのは、髪をレッドに染めている女の子。同じくらいの年かな。
キティちゃんのジャージを着ていて、たくさんのピアスをつけていた。


 この病棟、アクセサリーオッケーなのかな。

彼女のガッツリメイクをみて、私はまず、「自由度」のバロメーターにした。

 そのほかは、看護師さんに
「私の通帳の残高を見せてください」
と必死で交渉しているおばさん。

 ナースさんも困っている。
「通帳は、どこにあるの?病院に預けているの?」
「自宅です、持ってきてもらってください!」
どうやら彼女の通帳は自宅らしい……ということは、ナースにはご家族に「通帳を持ってくてくれ」と言う権利はないわけで……
困り顔のナースがおばさんに聞く。
「なんで通帳みたいの?わたしらからはご家族に通帳持ってきてなんて言われへんのよ」
「退院後の生活が心配ですから!とにかく残高を知りたいんです!」


血走った眼で必死に抗議するおばさん。


その様子だとまだまだ退院できないだろう、なんて思いつつ、おばさんとナースの、かみ合わない会話をぼんやり聞いていると、違うナースに呼ばれた。
「神崎さん」
「はい」
ナース……そろそろナースたちの名前も覚えてきた、K村主任看護師は、私に言った。
「さっきお母さんから電話があって、金曜日に面会にくるって」
「あ、そうですか」
私はうなずいた。
「ご丁寧にありがとうございます」


なぜかナチュラルに返事できた。
 ニコニコ、イベコンや撮影会モデルで培った得意の笑顔で。
新しい環境に、好印象でデビューしようと。


 なのに目の前が真っ暗になったのはどうしてだろう?








今日は水曜日。

面会許可が出た、当日。


ねえ。
私、死にかけたんだよ。
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