雨、ときどきセンセイ。
振りほどくにはちょっと難しいくらいの力で水越に腕を掴まれて、私は引かれるがままに歩く。
4階から1階まで階段を下るまで、水越は一切何も言わなかった。
「水越」
玄関についてからようやく私が声を出した。
水越は私の腕を離して背を向けたまま黙ってる。
「ずっと……あそこにいたの?」
本当なら、軽蔑するところなのかな。
後を付けられて、センセイに絡んで、勝手に連れ去られて。
けど、単純にそう責められないのは自分も同じだと思ったから。
私もセンセイに対して、近づきたくて近づきたくて、接触しちゃうから。
「……話までは聞こえてないから」
音楽室の壁は厚い。
そこで普通の会話をしているだけなら外には全く聞こえないだろう。
「ごめん」
背中越しに水越が謝る。
「さっき……センセイに何を言いかけたの?」
その背中に私は問い掛けた。
「いや。なんでもない」
「うそ」
「……オレ、ダセェな、と思って止めた」
そう言って水越が半分振り向いて苦笑した。
その傷ついたような顔をさせたのは自分だと思うと苦しくなる。
「『今オレに興味なくてもいい』とか言っといて、結構焦ってる」
「え?」
ポケットに手を入れて、片手で頭をガシガシっと掻いて地面を見ながら水越が言う。
「やりづらいな。相手が相手だと」
「……その相手はなかなか“相手にもしてくれない”よ」
「その微妙な感じがやりづれぇんだよ。どうせだったら正面からやり合いたいのに」
ああ、本当うまくいかない。
私がセンセイを力づくでどうにかできるわけもないし、水越が同じように強引に私にどうこうするってこともない。
全てのやじるしが一方通行で。